瞑想の効果を実感してみて下さい。

超越瞑想(TM)の方法や効果について詳しくご紹介します。

静寂のひととき……TM瞑想

瞑想で脳の潜在力を開発!

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自分こそ自分の友、自分こそ自分の敵

マハリシの著なる「超越瞑想と悟り(バガヴァッド・ギーターの注釈)」の第六章詩節五にこんな詩文があります。

自分(大我)によって自分(小我)を高めよ
自ら自分(大我)をおとしめるなかれ
実際、自分こそ自分の友であり、自分こそ自分の本当の敵である

大我と小我とは、英語では「Self」「self」、大文字・小文字で使い分けられています。大我とは普遍的な自分であり、小我とは枠にはまった個別的な自分のことです。

瞑想中に超越するとき、心は一切の属性を離れて純粋意識そのものとなります。純粋意識とは、時間も空間も越えた普遍的な領域であり、それが私たちの普遍的な自己であるといえます。大我には枠や限界はありません。それは永遠、普遍、絶対の自己であり、あらゆるものを越えた究極の絶対「存在」と同じものです。それに対して、普段自分だと思っている自分は、小我にあたります。小我とは、枠にはまった、限界のある個別的な自分です。

さて、さきほどの詩文では、この大我と小我とが入り乱れています。本当は「大我によって小我を高めよ」と訳すのかもしれませんが、「自分」というニュアンスを尊重してみますと、けっこう説得力が出てきておもしろい感じがします。

マハリシの解説を読んでみましょう。
「……生命の進展を促していく基本的原則がここに教えとして示されています。それは、どんな領域であっても、自らの進歩進展の責任を追っているのは自分であるということです。(中略)自らを高めるのにこの外界で必要なものは何もありません。とるべき方策も、探すべき手段もありません。自分(小我)は自分(大我)によってのみ高められるのです」。

結局自分を救うのは自分だということになります。しかし、そうはいってもその自分というもの、なかなか思うように働いてくれません。この詩文にも述べられているように、かけがえのない友人のような自分が、ときにはまったくの敵にまわってしまうこともあります。いつもいつもためになるようには動いてくれないのです。

ここで問題になるのは、大我と小我ということです。同じ自分でも普遍的な自分という、とらわれを離れたまったくの自由奔放な自己、大我は、あらゆる可能性をもっているということがポイントになります。無限の永遠絶対の自己、これもまた自分自身に他ならないのです。

瞑想中、はっきりとこういった状態を知覚したことのある方もおられるでしょう。はっきりしなくても、非常に満ち足りた心地よさ、解放感を感じたということなら、ほとんどの方にあるはずです。それが大我の特徴です。この大我は自分にとってためになることはどんどん促していきます。それが「自分こそ自分の友である」ということの意味だとマハリシは説明しています。

ところが、瞑想を終えてもとの日常に戻りますと、あれほどの解放感もすっかり色あせて、あれやこれやに拘束される窮屈な自分に戻っています。これが、「自分こそ自分の敵」と表現されている小我の状態です。自分のことを、なかなかやっかいだと思った経験はありませんか。

ですから、そうならないためには、日常生活でも大我を維持できるようにしなければなりません。瞑想中の大我を日常生活に根付かせる、つまり宇宙意識を実現していくということが必要になるわけです。こうして、普遍的な自分が個別的自分を向上させていくことになります。続く(TM教師の随想録「フルネスの海で」より)













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