瞑想の効果を実感してみて下さい。

超越瞑想(TM)の方法や効果について詳しくご紹介します。

静寂のひととき……TM瞑想

瞑想で脳の潜在力を開発!

チラシs
マハリシが残した偉大な遺産を
次の世代に伝えるためのコンサート


「百万人の子供たちに超越瞑想を教えて、世界平和を実現しよう」という世界的なキャンペーンを支援するために、ポール・マッカートニー他、著名なミュージシャンたちが、ニューヨークでコンサートを行うことになりました。

今回のコンサート開催の経緯や、超越瞑想の学校導入に関する最新情報が、インターネット放送を通して、アメリカのTM運動のリーダーである物理学者ジョン・ヘーゲリン博士とデヴィット・リンチ監督により発表されました。その内容を要約してお知らせいたします。

◇◆ジョン・ヘーゲリン博士の話◇◆

photo_hagelin.jpgここ数年、世界各地で超越瞑想の学校導入が進められてきました。教育の目的とは、子供達の潜在能力を引き出し、幸福な人生を生られるようにすることです。超越瞑想は、そうした教育の目的を見事に達成します。

超越瞑想は学生の脳機能を総合的に開発し、人間のもつ完全な知性と創造性を発達させることが科学的研究によって確認されています。これほど効果的に学生の能力を高める教育法は他に類を見ません。そのような理由から、超越瞑想はこれまで数多くの学校で授業の一部に取り入れられてきました。現在、全世界で六万人以上の学生が超越瞑想を行っており、米国では二十三の学校で超越瞑想が導入されています。

しかし、超越瞑想を学校に導入する上で、一つの大きな障害がありました。それは「瞑想は宗教的なものであり、科学的な手法ではない」という人々の考え方です。そうした認識が今、広範囲にわたる超越瞑想の科学的研究によって、大きく変わろうとしています。

二週間ほど前、超越瞑想がADHD(注意欠損多動性障害)の症状を改善するという研究結果が発表されました。このニュースは全世界にセンセーションを巻き起こし、数千もの新聞や雑誌でこの研究結果が取り上げられました。

ADHDの症状をもつ子供たちは、米国だけでも百万人以上いるといわれます。ADHDの一般的な治療法は薬物療法ですが、長期にわたって薬物療法を続けることが子供の健康にとって本当に安全かどうかは確かめられておらず、子供に薬をとらせるのを躊躇する両親は多くいます。

超越瞑想は、ADHDの症状を劇的に改善することが今回の研究結果によって確かめられました。薬物療法よりも瞑想の方が、子供達の健康にとって、はるかに安全です。ADHDの症状はストレスによって悪化するといわれています。超越瞑想はストレスを効果的に取り除く手法であるため、ADHDの症状を軽減するのは当然のことです。

また若者の間に高血圧や糖尿病などメタボリック症候群が蔓延していて、そうした症状も、超越瞑想によって大きく改善されることがわかっています。

◇超越瞑想を学んだADHDの子供達のインタビュービデオ

こうした研究結果によって、最近では超越瞑想は科学的な手法として受け入れられ、ニューヨーク市だけでも百十の学校が超越瞑想の導入に興味を示しています。

著名な映画監督であるデヴィッド・リンチ監督は、超越瞑想の学校導入を経済的に支援するためにデヴィッド・リンチ財団を設立しました。リンチ監督は多くの学校の要望に応えるために、自分にもっと何ができるだろうかと考えました。

そこで思いついたのが、今回のチャリティー・コンサートです。このコンサートで五〇億円の基金を集め、その基金で百万人の子供達に超越瞑想を教えて、一気に世界平和を実現しよう、という考えが浮かんだのです。

そして受話器を取り上げて、ミュージシャンたちに連絡をとり始めました。その一人が、元ビートルズのポール・マッカートニーです。

ビートルズは四〇年前に超越瞑想を学び、インドのリシケシに行って、マハリシと共に過ごしました。このことは全世界に非常に大きなセンセーションを引き起こし、数百万人以上の人々がマハリシの知識に魅力を感じて超越瞑想を始めました。

ですから、ポール・マッカートニーが、今回のコンサートに参加を表明したことは非常に特別な意味をもちます。このコンサートは、マハリシが世界に残した偉大な遺産を、次の世代の子供達に伝えるための祝典なのです。

このような経緯で、世界に調和を生み出すコンサートが開催されることになりました。会場となるニューヨークのラジオシティー音楽ホールは、六千人を収容できる世界最大のコンサートホールです。ポール・マッカートニーのほか、ドノヴァン、シェリル・クロー、エディ・ヴェダー、ポール・ホーン、モービーなど著名なミュージシャンが参加を表明しています。

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コンサート会場は、ニューヨーク市のロックフェラー・センターにあるラジオシティー・ミュージックホール。

《デヴィット・リンチ監督の話へ続く》
2009.01.29 20:22 | TMニュース | トラックバック(0) | コメント(-) |
ポール1m
ポール・マッカートニーが
マハリシへの思いを語る


「百万人の子供たちに超越瞑想を教えて、世界平和を実現しよう」というデヴィット・リンチ監督の呼びかけに応えて、ポール・マッカートニー他、著名なミュージシャンたちが、ニューヨークでチャリティーコンサートを行うことになりました。

一月二十五日に行われたデヴィッド・リンチ監督によるコンサートの発表は、とても感銘深いものでした。その内容をご紹介いたします。

◇◆デヴィット・リンチ監督の話◇◆

devitrinch.jpg今回開催されるコンサートは、全世界に調和を生み出すコンサートとなります。百万人の子供達に超越瞑想を教えるために五〇億円の基金を集め、世界平和を一気に実現するためのコンサートです。

このコンサートはまた、マハリシが与えてくれた「人生を変換する知識」をお祝いする祝典です。このコンサートを通じて、世界中の人々の注意がマハリシの知識に向けられることになるでしょう。

マハリシの知識は、生命の根に水を与えて、誰もがその果実を楽しめるようにするための知識です。超越瞑想を行い、生命の最も深いレベルを体験することで、生命全体が見事に変換されます。ストレスやあらゆる否定性が取り除かれ、創造性、知性、幸福感、エネルギー、普遍的な愛といった、あらゆる肯定的な質が高まります。それは今日の世界において非常に必要とされているものです。

ポール・マッカートニーは、一九六八年にビートルズの仲間と共にリシケシでマハリシと過ごしました。ドノヴァンもそこにいました。そして41年たった今、ポール・マッカートニーは、マハリシの知識を世界に伝えるコンサートに参加することを表明しました。

数日前、朝の九時に、ポールから電話がありました。彼はイギリスにいて、スタジオから家に帰る途中でした。私たちは音楽ディレクターのことや参加するメンバーについて話しました。そのときポールは、マハリシに対する自分の思いを語りました。

一九六八年に、リシケシでマハリシと過ごした時間がいかに素晴らしいものであったか、彼にとってマハリシがどれほど重要な存在であったか、そして三〇年後の一九九八年にオランダでマハリシと再び会えたことが、彼にとっていかに重要なことであったかを語りました。ポールの声はとても温かいものでした。そして彼は、100%このコンサートに参加すると述べました。

これは世界にとって非常に素晴らしいニュースです。このコンサートを通して、今年中に百万人の子供達が超越瞑想を学び、世界に平和が生み出されることになるでしょう。

◇2001年のポール・マッカートニーのインタビュー記事
「マハリシは本物だった」


41年前、若者だったポールマッカートニー、ドノヴァン、マイク・ラブ、ポール・ホーンが、インドのリシケシに行き、マハリシのもとでこの知識を学びました。そして、彼らの音楽や詩を通じて、世界中の人々に超越瞑想と啓発をもたらしました。

それから41年たって、彼らは再び一つのステージに立ち上がり、同じことを行おうとしています。マハリシの知識を、次の世代の若者達に伝えようとしているのです。偉大なミュージシャン達が、歌を通じて、人々に完全な啓発をもたらそうとしています。

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ホール2s
会場となるニューヨークのラジオシティ・ミュージックホールは、6000人を収容できる世界最大のコンサートホールで、毎年6月のトニー賞の授賞式もここで行われています。

ドノヴァンs
1968年に、ビートルズがリシケシに行き、マハリシとともに過ごしていた時期、他にも多くのミュージシャンがマハリシの元に集まっていました。ドノヴァンもそのときのメンバーの一人です。ドノヴァンは、数年前から、デヴィット・リンチ監督と一緒に、超越瞑想を学校や大学に紹介する世界ツアーを行っています。

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コンサートに参加するメンバーの一人、シャリル・クロー。

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エディ・ヴェダー。
2009.01.29 12:22 | TMニュース | トラックバック(0) | コメント(-) |
コンサートのチラシ
ポール・マッカートニーが
超越瞑想の支援コンサートに参加!


数年前、映画監督として著名なデヴィッド・リンチ監督が、超越瞑想の学校導入を支援する財団、デヴィッド・リンチ財団を設立しました。今この財団によって、「百万人の子供たちに超越瞑想を教え、一夜のうちに世界を変えよう」という世界的なキャンペーンが始まっています。

四月四日には、このキャンペーンを支援するために、ポール・マッカートニーや、ドノヴァン、エディ・ヴェダー、シェリル・クロー、ポール・ホーン、モービーといったミュージシャンらによって、ニューヨークでコンサートが開かれることになりました。

2001年のポール・マッカートニーのインタビュー
「マハリシは本物だった」


現在、アメリカや南米の多くの学校で超越瞑想の導入が行われていますが、デヴィッド・リンチ財団は、そうした学校導入の経済的な支援を行っています。それが世界にもっともっと拡大していく勢いです。日本でもすでにいくつかの学校でTM導入の話が進んでいて、今後の展開が楽しみです。

次にご紹介するのは、意識に基づく教育を広めるために財団を設立したデビット・リンチ監督のコメントと、デビット・リンチ財団のパンフレットからの引用です。

340xs.jpg「私は、超越瞑想を通して『内側に潜る』体験をしている多くの生徒たちと出会ってきました。これらの生徒たちはだれもが個性的であり、とても自然にふるまっています。彼らは、実に満ち足りていて、はっきりと目覚め、活力にあふれ、至福に満ち、創造性豊かで、とても知的な、平和を好む人たちです。このような生徒たちと会っていると、この超越瞑想プログラムがすべての学校に、そして世界に、大きな恩恵をもたらすという確信をもつことができます。超越瞑想を取り入れた意識に基づく教育は、決して贅沢なものではありません。恐ろしい出来事が頻発している、ストレスにあふれた危機的な世界で育っている子供たちにとって、それは必要なものなのです。」

すべての生徒が危機に瀕している

激しいストレスが伝染病のような勢いで生徒の間に広がっています。成績の悩み、質の悪い食生活、慢性的な睡眠不足が、生徒の脳・行動・健康に大きな打撃を与えています。

世界中の一流の大学や研究機関で行われた何百もの調査研究、そして35年間の教育現場での経験から、マハリシの超越瞑想はこの危機に対処できる最も効果的な解決策であることがわかっています。超越瞑想は、創造性や知能の向上、学習能力の改善、成績の向上、ストレスとストレス性疾患の軽減、人間関係の改善など、生徒の日常生活に劇的な効果を生みだし、しかも社会全体に暴力や紛争などを減少させる影響を広げます。

ディビッド・リンチ財団は、超越瞑想を学びたいと望むすべての生徒の願いをかなえるために設立されました。当財団は、すべての学校の生徒が超越瞑想を学び、フォローアップを受け、それによって健康を促進する効果を最大限に得られるように、他の財団や慈善活動家と協力して奨学金を提供しています。また当財団は、超越瞑想の効果に関する科学的研究を支援する資金や、意識に基づく教育を取り入れている学校への入学希望者にも奨学金を提供しています。(デビット・リンチ財団のパンフレットより)
2009.01.25 22:46 | TMニュース | トラックバック(0) | コメント(-) |
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東洋の方法で活気づくアイオワの町
瞑想とビジネスが住民を引き寄せる

『ワシントン・ポスト』への特別寄稿 2004年8月9日月曜日

エリック・シュワルツ氏は、1992年に超越瞑想の実践者たちの仲間に加わるために、彼の金融サービス会社をワシントンD.C.のシルバースプリングからアイオワ南東部に移転することを決めました。そのとき、顧客や同僚から少しおかしいと思われるのではないかと心配しました。

「ある人々はTM(超越瞑想)はカルトの一種だと考えています」と彼は言いました。「私はそれが自分のビジネスにマイナスになるかもしれない、顧客がおびえるかもしれない、と思ったのです」。

しかし、事態はそれとはまったく逆の方へ進みました。経費が大幅に削減されて、彼の会社の収入は年々上がっていったのです。ワシントンD.C.にいたときには年間約50万ドルだった総収入が、2002年には5000万ドルを超えていました。『インベストメント・アドバイザー』誌は、彼を2003年のブローカーディーラーに指名しました。彼は、1971年のアマースト大学1年生の頃から始めた超越瞑想のおかげで、成功をつかむことができたと語っています。

「投資家や顧客はたとえTMには興味がなくても、私がそれをするために当地に移転したという事実、つまり、お金を稼ぐことだけに関心があるのではなく、広い視野を持っているということに魅力を感じてくれます」とシュルツ氏は語っています。彼は、自分の肩書きを最高経営者から最高精神責任者に変えることを検討しています。「顧客はそのような会社と付き合いたいと思っているのです」。

ヴェーディックシティとそれに隣接するフェアフィールドに住んでいる他の多くの人々も同じように感じています。ビートルズのグル、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーの支持者によって創立されたこのコミュニティは、中西部における起業家のメッカになっています。支持者たちは、1974年にマハリシ経営大学が設立された後、フェアフィールドに集まるようになりました。2001年にはフェアフィールドの境界のすぐ外側の地域が合併されてヴェーディックシティとなり、1982年以来アイオワで初めて合併によって新しい市ができました。推定では、フェアフィールドとヴェーディックシティの10,000人の住民のうち4分の1がTMを実践しています。

他にも、TM実践者が経営して成功している企業として、国内最大のイベント写真会社を自負するマラソンフォト、ディズニーやシカゴ・ブルズなどの顧客向けに、大理石と花崗岩で床や壁に複雑な壁画を制作するクリエイティブ・エッジ・マスター・ショップ、一日に数百ドルを支払う訪問客を全国から引きつけている保養施設ラージ・アーユルヴェーダ健康センターなどがあります。市当局者の話によると、過去13年間でベンチャー投資会社が2億ドル以上をフェアフィールドとヴェーディックシティに投資しています。

「中西部の小さな町にそれほど多くの成功した企業があるというのは、まったく信じがたいことです」と、毎年フェアフィールドで夏を過ごしている、カリフォルニア大学バークレー校のマーケティング&テクノロジー・センターの共同ディレクター、ラシ・グラツァー氏は語っています。「つまり、そこで何かが起こっているということです」。

ヴェーディックとは、「知識の全体性」を意味するサンスクリット語です。住民たちが暮らしている広々とした家は、玄関が東を向いていて、屋根には「カラシュ」と呼ばれる小さなタマネギ型のドームがあり、各部屋の方位は太陽と月のサイクルと調和するように設計されています。TMの実践者は普通、1日に2回、20分ずつ瞑想しています。

この地域が注目されているのは、TM実践者たちに企業家精神があるためだけではありません。正式な認可を受けているマハリシ経営大学は、15年間にわたって国立衛生研究所から資金を提供され、心血管系の健康に対する瞑想の影響について研究してきました。とりわけ、心臓病になる危険性の高いアフリカ系米国人に対する瞑想の効果について重点的に研究が行われてきました。

「超越瞑想の生理学的な効果は、脳波の秩序性が高まるということです。その結果として、ストレスホルモン濃度が低下し、血圧が下がり、ストレスへの反応度が減少するため、その効果は身体全体に及びます」と、ミシガン大学医学部で高血圧の特別研究員を務め、現在はマハリシ経営大学のヴェーダ医学部長であるロバート・シュナイダー博士は語っています。

ヴェーディックシティは、非有機食品の販売を禁止する決議案を可決し、ホールフーズマーケットをはじめとしてシカゴやアイオワ全域の店舗に農産物を販売する有機農業活動を行っています。農場責任者のディーン・グッデール氏は、ヴェーディックシティにある彼の農場の温室は、水耕栽培ではなく土壌栽培を行っていると語りました。

「従来の農民は、土壌といえばバクテリアを連想し、すべてのバクテリアを絶滅させようとしていました」と彼は言います。「しかし、バクテリアは、作物が吸収するある種の栄養素がつくられる過程で役に立っているのです」

農場に通じる道路の向こう側で、「アバンダンス・エコビレッジ」と呼ばれる住宅プロジェクトが開始されています。このプロジェクトでは太陽エネルギーと風力エネルギーで電力が供給されます。ヴェーディックシティとフェアフィールドは、エネルギー省や農務省などの政府機関から、再生可能なエネルギー源の開発や、リサイクル・プログラムと堆肥化プログラムの運用ための連邦助成金を受けています。

「堆肥化プログラムでは、市内で出た庭ゴミ、有機野菜レストランの厨房ゴミ、農場の作物ゴミ、有機ラマ農場からの肥料を利用しています」と水性毒物学者のケント・ボーヤム博士は語っています。彼はヴェーディックシティのエネルギー局からの資金提供により、アメリカ再建プログラムを指揮しています。「堆肥は温室で使用したり、またヴェーディックシティ産の特製土壌として販売されます」。

住民の話によれば、沿岸部から当地に移ってきた人々のほとんどは、マハリシ経営大学で瞑想やヴェーダの知識を学ぶためか、あるいは、自分たちの子供をマハリシ・スクールに通わせるために転入してきたそうです。マハリシ・スクールには小学校から高校まであり、標準カリキュラムには瞑想、サンスクリット語、アーユルヴェーダ医療が含まれています。

「転入した人々が就ける仕事は多くなかったので、彼らは起業家精神を持つようになり、仕事を創出したのです」と、ダナーオイル株式会社の社長であり、2001年にフェアフィールドの市長に選ばれたTM実践者のエド・マロイ氏は語りました。「TM瞑想は、実際に人間のもつ可能性を完全に引き出すことができるので、ここに住む人々に高い意欲と創造性があるのは当然だと思います」。

ジョナサン・リップマン氏と彼の妻のパム・ウィットワースさんは、数年前にワシントンでの職を辞して、フェアフィールドに転入しました。それ以来、フランク・ロイド・ライト・ビル管理事務所の元社長であるリップマン氏は、ヴェーダ様式の住宅の設計に専念してきました。芸術家のウィットワースさんは、日本から輸入した古い着物などの織物から枕を製作するビジネスを始めました。それらの枕はマンハッタンの専門店で売られ、住宅デザイン雑誌で取り上げられています。

「彼女はスーパーマーケットに就職しようか、それともビジネスを始めようかと考えていたのです」とリップマン氏が言いました。

ヨーロッパのマハリシの大学で学び、1978年にフェアフィールドに転入したフィラデルフィア生まれのマリオ・オルサッティ氏は、代替医療や東洋哲学が最近ますます受け入れられ、人気が高まっていることも、この地域の成功の秘密を解くカギであると指摘しました。

「そこが30年前とは大きく違っている点です」と彼は語っています。「かつては異質なものやインドから入ったものはとても不審に思われていました。今日では、多くの人々が自分たちの伝統から目を離すことなくヨーガや瞑想を実践し、『それはとても素晴らしい』と言っています。中西部の小さな町の多くは廃れてしまっていますが、フェアフィールドとヴェーディックシティは繁栄しています。ここでは人々が転出するのではなく転入しています。アイオワのすべての地域がこんなふうになるのをぜひ見てみたいものです」。
2009.01.13 21:09 | TM瞑想に関する報道記事 | トラックバック(0) | コメント(-) |