瞑想の効果を実感してみて下さい。

超越瞑想(TM)の方法や効果について詳しくご紹介します。

静寂のひととき……TM瞑想

瞑想で脳の潜在力を開発!

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啓発の時代のマハリシ・スクール校長
アシュレイ・ディーンズ博士の手記


03_ashley.jpgロッカーには錠がない。掲示板には「落とし主は申し出てください」という添え書きと一緒に五ドル紙幣がピンで留めてある。そんな学校を想像できるだろうか。

 試しに中学三年生の教室に足を踏み入れてみよう。教室いっぱい、みな顔を輝かせて挨拶してくれる。生徒たちの頭ははっきりしていて、学習意欲に満ちている。あなたが何か質問すれば、生徒全員の手がさっと挙がるし、期待でくすくす笑っている。
 教師は、一日の授業を始める前よりも終えた後の方がエネルギーが増していると言う。ある父兄は 「うちの子は金曜日になると週末は学校がないって文句を言うんですよ」と打ち明けた。

 過去数年間でこの学校から全国平均の十倍ものナショナル・メリット奨学金の最終候補者(トップクラスの生徒に与えられるメリット奨学金選考に選ばれた優秀な生徒)が卒業し、卒業生の九五パーセントが四年制大学に合格し、高校一年から三年生は教育開発共通テストで一貫して全国の上位一パーセントに入る成績を上げている。

 しかも、驚くなかれ。この学校には入学試験がなく、さまざまな背景をもつ家庭から自由に入学できるのだ。それなのに生徒たちは創造的な知性を全身から溢れさせている。実際、生徒たちの知性、創造性、学業成績、指導力は年々成長し、さらにはリーダーシップや公民意識まで高まることが、多くの研究結果として公表されている。

 この学校のトロフィーの陳列ケースには、学術、スピーチ、美術、創造的問題解決、スポーツの各分野で獲得した、州・全国・国際の競技会のトロフィーが所狭しと並べられている。たとえば、各学校から最も優秀で才能豊かな生徒が出場して創造的な問題解決を競うコンテストでは、この学校の生徒たちは州の大会において一番多く優勝している。国際大会でも決勝に三回進出し、上位十校に入賞した回数は世界で最も多い。

 さらに驚くのは、生徒たちは一切プレッシャーを受けることなくこれらの実績を自然に達成していることだ。事実、生徒と教職員のストレスレベルはきわめて低く、その結果として、教職員の健康管理費は他校の半分以下になっている。

 人種が違っていても、この学校では生徒たちの協調性が非常に高い。徒党を組んだり、イジメを起こしたりすることもない。教師たちは、過去十年間、喧嘩を止める必要は一切なかったと明言している。

 生徒たちは見るからに幸福そうであり、教師に対して深い敬意を示している。認定機関のメンバーは、三日間の視察中、生徒同士の間でも、教師と生徒の間でも、とげとげしい言葉が飛び交うのを一度も耳にしなかったと語っている。

こんな学校が実在するのか?

 それは夢のような話だと思われるかも知れない。このような学校が本当に実在するのか? 答えはイエスである。幸運なことに、私が校長を勤めているのはまさにそんな学校なのだ。私たちが行っていることを実施すれば、どこの学校でもそれが簡単に実現される。

 では、私たちの学校は何を行っているのか? それは実に簡単であり、生徒たちも心からそれを楽しんでいる。生徒たちは毎日短い時間、ゆったりと座り、マハリシの超越瞑想法を実践して、彼らの創造的潜在力を開発しているのだ。この努力の要らない精神的な技術によって、脳全体が機能するようになるため、知能は向上し、ストレスは解消され、社会的行動は改善されていく。

 既存のカリキュラムに一日一時限を追加するだけで、どのような学校であろうと、教師、父兄、生徒たちの最高の願望を実現することが可能になる。これは実際的で実証済みのプログラムだ。それを追加しさえすれば、今日の教育に欠けているものが補われることになる。その補われるものとは、学校や社会を悩ませているあらゆる問題を効果的に解決するための新しい知識である。
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2008.04.05 20:27 | 瞑想の学校導入 | トラックバック(0) | コメント(-) |
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 マハリシの意識に基づく教育は、意識に関する知識と体験を与えることで、知識を受け入れる器である学生の意識を拡大し、学習能力を高めます。

 今回は、意識に基づく教育の具体例として、この教育法を実際に導入している米国アイオワ州フェアフィールドの「マハリシ・スクール」についてご紹介しましょう。

□□■ 全米の成績評価のテストで
■□  常に上位の成績


 マハリシ・スクールは一九七四年に、「マハリシ国際大学(現マハリシ経営大学)」の全教職員の子供のための小学校として開校されました。一九八一年に中学と高校が新設されて以来、生徒数は増え続け、現在は幼稚園から高校までの六百人以上の生徒が在籍しています。

 マハリシ・スクールに通う子供は、幸福で、知的で、創造的で、思いやりがあり、親切な子供たちばかりです。教師や学校管理者たちは教育熱心で、共に生徒たちの輝かしい将来像を心に描いています。

 両親の多くは、自分の子供にアメリカで最高の教育を受けさせるために、何千マイルも離れた場所からアイオワ州南部の小さな町へと引っ越してきます。

 マハリシ・スクールは一つの成功物語です。マハリシ・スクールの生徒たちは、全米で行われている成績評価のテストで、常に上位の成績を収めています。また、コンピューター科学、歴史、スピーチ、詩、演技、音楽に関する各種競技会で、数多くの賞を受賞しています。生徒の学業成績レベルの高さは、全国の新聞記事に掲載され、この注目される教育法を視察するために、これまで世界中から何百人という人々が訪れています。

 マハリシ・スクールの生徒たちは、英語、科学、数学、社会、コンピューター科学、外国語など、すべての主要科目を学び、表面的には他の学校と同じように見えます。しかし、この学校の成功の基盤はもっと内に隠れたレベルに存在します。それは、他の学校では見られない、生徒の意識を開発する独自の教育法にあります。

□■   意識を拡大させ
□■□ 学習能力を高める


 教育には二つの大切な側面があります。それは、学習するための知識と、個人の能力です。しかし、現代のほとんどの教育は、知識を情報として提供するにとどまり、生徒自身の学習能力を高めることは二の次にされています。現代の教育に欠けているのは、まさに生徒自身の学習能力の開発です。

 マハリシ・スクールでは、生徒の完全な潜在力と創造性を開発するために、マハリシの超越瞑想を採用しています。超越瞑想とは、一日二回、十分から二〇分実践する、簡単で自然で努力のいらない精神的テクニックです。

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 マハリシ・スクールの生徒たちは、学校の一日の初めに、静かに椅子に座り、目を閉じて超越瞑想を実践します。数分後、生徒たちは目を開きます。そして微笑み、伸びをします。生徒たちの表情は、以前よりも明るく、鋭敏で、安らいでいるように見えます。

 生徒の一人のゲイリーは、このように話しています。

「ざわついて落ち着かない時でも、超越瞑想を始めるとしだいに心がはっきりしてきて、深い静寂を体験します。この時、とても安らいだ気分を感じます。超越瞑想のおかげで、元気がでるし、頭の冴えた状態が一日中続いています」。

 超越瞑想を実践すると、心は静まり、完全に静かで落ち着いた状態を経験します。瞑想中に経験する、この落ち着いた意識状態は、「純粋意識」「超越意識」と呼ばれています。

 マハリシ・スクールの創設者であり、意識の領域の科学者として知られているマハリシは、この「純粋意識」「超越意識」こそが、エネルギー、創造性、知性、至福の源であると説明しています。ですから、この純粋意識を体験することで、生徒たちの内側に、エネルギー、創造性、知性、至福が増していく、というわけです。

 高校三年生のアリソンは、超越瞑想が大変気に入っています。

「超越瞑想は素晴らしいテクニックです。超越瞑想によって落ち着きが増し、自分自身の内側から強くなるのを感じます。超越瞑想は、活力や、知性や、何事にも成功する能力などを得る助けにもなります。超越瞑想を始めて以来、学校の成績が上がり、また、多くの目標を達成することができました」。

「知識は意識の中に築かれる」とマハリシは説明します。どれほど私たちの意識が拡大し、どれほど注意深いかによって、知識の量が決まってくるからです。心が鈍いときや、眠気を感じているときは、集中力や理解力が低下し、学習意欲もなくなります。その反対に、意識がはっきりしていて、すべてに注意がいきわたっているときには、より多くの知識を得ることができ、勉強も楽しくなります。超越瞑想は、知識を入れる器である生徒の意識を拡大し、学習能力を高めるのです。

 他の学校から転入してきた生徒たちの多くが、学校で一緒に超越瞑想を実践するようになってから、以前より勉強が楽しくなった、記憶力や集中力が高まった、成績が上がったと報告しています。

 長年、他の学校で教師活動をしていたロクシー・ティーグは、次のように述べています。

「マハリシ・スクールの生徒たちは、私がこれまで二十四年間教えてきた生徒たちの中で最も優秀です。授業への鋭い集中力のおかげで、彼らは何でも一度で覚えてしまいます。また、全体的な視野を見失うことなく、特定の領域を深く学ぶことができます。このため彼らは、物語や詩や劇の創作で、非常に高い創造性を発揮します。生徒たちの目の中には、輝きと清らかさを見ることができます。彼らは本当に幸福な子供たちです」。

 また超越瞑想の実践によって、学習面だけでなく、生徒の人格的な側面においても大きな成長が見られます。多くの生徒達が、友達と仲が良くなった、思いやりが増した、自信が増した、幸福感が増した、という体験をしています。

 小学生を担任しているドリ・ジャクソンは、次のように述べています。

「私は、この学校の生徒が、他校の生徒と大きく異なっているとは思いません。ただ、より正常なだけだと思います。彼らはごく普通の子供たちですが、実に素晴らしいことに、彼らは創造的であり、他の人々とうまくやっていくという点で、非常に優れた能力を示します。彼らには、創造性、知性、調和、至福いった、すべての子供たちに表れていてほしい性質が、ただ表れているだけなのです。」

 こうした超越瞑想の効果は、六百以上もの科学的研究調査によって確証されています。例えば、次のような効果が上げられます。

 ● 学業成績の向上
 ● 知性と創造性の増大
 ● 記憶力と学習能力の向上
 ● 活力と鋭敏さの増大
 ● 集中力の向上
 ● ストレスと不安感の減少
 ● 道徳的判断力と社会行動の向上
 ● 幸福感と自信の増大
 ● 自尊心と自己概念の向上
 ● 自己実現の増大

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超越瞑想の効果は600以上にのぼる科学的研究によって確証されており、それらの研究結果は数多くの書籍のなかで紹介されています。

□□□ 年を経るにつれ
□■□ 知能が高まる!


 純粋に精神的な方法が、なぜこれほど多様な恩恵をもたらすことができるのでしょうか。超越瞑想の実践によって、すべての学生の心の奥深くにある、知性や創造性やエネルギーの源である純粋意識の場が活性化されるからです。ちょうど木の根に水を与えることで、すべての枝や花に滋養が行き渡るように、超越瞑想の実践により心の奥深くに飛び込むことで、学生の生命の全領域が豊かになるのです。

 一般に、知能はある年齢以上になると伸びないと言われています。しかし、超越瞑想を実践することで、成長期を過ぎてからでも知性と創造性が発達することが科学的研究によって明らかにされています。これは、心理学的にもまさに画期的なことです。人生経験を積むにしたがって、知性と創造性はさらに磨かれていきます。考え方はもっともっと柔軟になり、活発になっていくのです。

 こうなると時間は敵ではなく、良き友です。普通であれば、「もう五年も経ってしまった。だんだん歳をとっていくんだな」と悲哀をこめてつぶやくところ、超越瞑想を実践している人は逆に、自分の成長をまちどおしく思います。というのも、超越瞑想を実践する五年間は、知性や創造性が増していく、確実な進歩の五年間だからです。

 マハリシによると、人間の成長には到達点があり、それは、古くから「悟り」として知られた高次意識の状態です。この高度に発達した生命の状態において、人は完全な幸福と完全な健康を生きられるようになります。すべての想念と行動は、自然法の総合的な潜在力に支えられるようになり、それによって、人は何でも知り、何でも行い、何でも達成できるようになります。この生命の真の姿をすべての人にもたらすことが、教育の到達点と言えるでしょう。(「Growing up Enlightenment」より抜粋)

             ☆ ★ ☆

 マハリシは、これまで世界中に多くの教育機関を設立し、意識に基づいた教育法を導入してきました。この教育法には、二つの側面があります。それは、理論面と実践面です。理論面では、意識に関する知識を提供し、実践面では、意識の体験を提供します。マハリシの超越瞑想は、その実践面にあたります。

 また、理論面として、マハリシ・スクールの生徒は、「創造的知性の科学」の原則について学んでいます。「生命の本質は成長し進歩することである」「知識は意識の中に構築される」「楽しみながら、より多くを成し遂げる」「世界は私たちがあるがまま」といったさまざまな原則を学びながら、生命の真理について深く理解していきます。次号では、そうした意識に基づく教育の理論面についてご紹介したいと思います。
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 マハリシの意識に基づいた教育法には、理論面と実践面という二つの側面があります。超越瞑想はその実践面にあたります。学校で一緒に超越瞑想を実践することによって、生徒の創造性が高まり、知性が向上し、より健康的なって、調和的な人間関係が維持されるようになります。では、意識に基づく教育法の理論面とはどのようなものでしょうか。「意識に関して学ぶ」とは、これまでの教育とどのように異なるのでしょうか。そこで、今回は、米国のマハリシ・スクールの授業風景などを紹介しながら、「意識に関して学ぶこと」の重要性と、その学習法を具体的に見ていきます。

□●
○■ 生命の基盤で働く
○□ 自然法則の認識

 マハリシ・スクールの二階にある、小学校三年生の教室は、一見したところ他の小学校と同じように見えます。黒板の横には大きなアメリカの国旗がかかり、先生の机は生徒たちの小さな机と向かい合っています。教室の後ろには、本やおもちゃやクレヨンがぎっしり詰まった棚があり、生徒たちの図画や、色鮮やかなチャートやポスターが壁にきれいに貼られています。

 そこに、生徒の一人、エレンが描いた「種が木へと成長していく過程」を描いた絵が壁にかかっています。その絵には、「生命の本質は成長すること」という題がつけられています。その他の絵にも、「生命は、休息と活動によって進歩する」、「作用には反作用がある」、「あらゆる部分に全体が含まれている」、「世界は私たちのあるがまま」といった、簡単な原則を表す題がつけられています。

 ここで、この三年生のクラスの特徴が明らかになってきます。このクラスの生徒たちは、マハリシの「創造的知性の科学」を学んでいるのです。

 毎日、マハリシ・スクールでは、生徒たちの意識の成長を促す知識について学びます。生徒たちは登校すると、まず教室で先生と一緒に座って超越瞑想を実践し、意識の純粋な状態、深い静寂を体験します。その後で、「創造的知性の科学」の授業が始まります。この授業では、人間の生命の成長を支えている、自然界に働く知性の原則について学びます。

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 マハリシ国際大学の教育学部長であるスーザン・ディルベック博士は、創造的知性の科学について、次のように述べています。

「創造的知性の科学の原則は、宇宙の中で知性がどのように展開していくかを説明しています。その法則とは例えば、「秩序は至るところに見られる」「生命は層をなす」「知識は内側と外側から得られる」「正反対のものが共存する」などがあります。こうした原則は、生命の秩序立った進化を支配し、維持している自然法則を表したものです。」

 また、マハリシ・スクールの教務主任、ロビン・ロウ博士は、次のように説明しています。「創造的知性の科学を教える目的は、あらゆるものの表面の奥には何か深遠なものがあることを生徒たちに気付かせることです。」

 例えば、小学校一年生から三年生までは、「内側には何がある? 外側には何がある?」という主題について学びます。その目的は、子供たちの意識を生命の内側にある最も重要な価値へと開き、これら内側の価値が、生命の外側の価値を支えていることを認識させることにあります。

 子供たちは、内側の微細なレベルに存在する、より素晴らしい価値を認識したいという気持ちや、優秀な生徒になりたいという気持ちがわいてくるような物語を聞きます。また、各原則を具体的に理解するために、その原則を絵に描いて表現したりします。

 こうした授業を通して、子供たちは、五感で捉えられる表面のレベルを越えたところに、何か深遠な価値が存在することに気付くようになります。こうした気づきは、生徒達の探究心をますます刺激し、次第に、生命の秩序だった進化を維持している、生命の最も基本的な価値を認識できるようになるのです。それはつまり、生命の基盤で働いているさまざまな自然法則を認識できるようになるということです。

 生命に関する知識と体験が成長すればするほど、子供たちの心は枠にとらわれなくなり、成就と創造性の増大を楽しむようになります。

 小学校五年生のアンドレアは次のように話しています。「僕は、創造的知性の科学が大好きです。創造的知性の科学を学ぶと、自分のことがもっと好きになるし、賢くなるからです。誰もが自分を賢く、完璧であるように感じます。僕たちは瞑想の後に、創造的知性の科学を学んでいます。瞑想の後は頭がすっきりするので、いろんな原則を簡単に理解することができます。創造的知性の科学を学ぶと、幸せな気分になって、みんなと仲良くやっていくことができます。」

 ここで、小学校一年生の創造的知性の科学の授業風景をのぞいてみましょう。

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●□○
■○ 秩序は
□ 至るところに見られる

 フレガー先生が担当する小学校一年生のクラスでは、「秩序は至るところに見られる」という原則について学んでいます。二週間前、生徒たちは創造的知性の科学の最初の原則である「生命の本質は成長することである」を学びました。

 子供たちは厚いじゅうたんが敷かれた教室の片隅で、フレガー先生の周りに集まって座ります。フレガー先生は黒板台の縁に七枚のカードを並べます。それぞれのカードには一つずつ単語が書かれていますが、カードの並び方は、「である、生命の、成長、こと、本質は」というふうにバラバラで、上下が逆になったりしています。

 先生は、「あまり秩序があるとは言えませんね。誰か正しく並べ換えてくれますか?」と子供たちに聞きます。一人の男の子が立ち上がり、ほとんど正しく並べ換えます。もう一人の男の子が最後のカードを正しい位置に動かします。

「これで単語の順番が正しくなりました。誰でも読めて理解できますね?」とフレガー先生は言います。先生がそれぞれのカードを指し示すと、子供たちは皆で一緒に声を出して、「生命の本質は成長することである」と読み上げます。

 それから子供たちは、生命の秩序立った成長を表現する歌を、手と腕を動かしながら歌います。

 「生命の本質は成長、成長、成長すること高く、低く、速く、遅く生命の本質は成長、成長、成長すること私たちのまわりの至るところで生命は常に成長している……」

 次にフレガー先生は、大きな赤い数字がついた置き時計を取り上げます。「この時計にはどんな秩序が表れていますか? そう、1、2、3、4……と数字が全部順番に並んでいますね。」子供たちは全員声をそろえて、先生が指し示す数字を読み上げます。

 先生は続けます。「1、7、3、9・・・と並んでいるような時計を見たことがありますか?」子供たちはくすくす笑います。「ありませんね? 時計はいつでも同じです。そうでないと誰も時間が分からないからです。他に秩序的なところはありますか? 1と2、2と3の間は何分あるでしょうか? そう、五分です。誰か五ずつ数えられますか?」子供たちは皆で「5、10、15・・・」と声に出して数えます。数え終わると先生は聞きます。「では一時間は何分ですか?」「60分!」子供たちは得意気に歓声を上げます。「その通り!」先生は答えます。「これも『秩序は至るところに見られる』という一例ですよ」。

 このように、数を数えたり当てたりするやさしい授業が、生命の基本原則について学ぶ時間に変わるのです。

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 子供たちはよく創造的知性の原則を、家庭生活に活かしているとフレガー先生は説明しています。「最近、クラスの女子生徒の母親から面白い話を聞きました。その女の子は、母親が靴を脱ぎ散らかしてるのを見て、『ほら、秩序は至るところに見られる、って言うでしょう』といって、靴をきれいに並べたそうです。こんなふうに、子供たちは、創造的知性の原則を生活の中で自然に活用しているんです。」

 こうした原則は、子供たちの「進歩を系統立てる」ことに役立っています。「子供たちはこれらの原則を真に心の中に受け入れ、自分たちが学んでいる内容を整理するのに役立てている」と、フレガー先生は語っています。

「ある日私たちが『果実を楽しむために根に水を与える』という原則について話し合い、『すべての知識の果実を楽しむ』という考えに進んだときのことです。私は、子供たちに「すべての知識の果実を楽しむとは、何でも知り、何でも行い、何でも達成できる能力を得ることですよ」と話しました。すると、一人の男の子がそれを文字通りに受け止め、完全に至福に満ちた表情で言いました。『わあ、信じられないや!こんなにすごいことはないよ!』 それは強烈な経験でした。その子がその考えを吸収し、心に取り入れる様子を目の当たりにしたのです。子供たちが啓発されて成長していく様子が、私にはとてもはっきりと分かりました。」

 幼稚園児も創造的知性の科学の原則を理解し、それらが自分自身にとって親しみのある、密接なものであることを認識します。ロクシー・ティーグ先生は、三才の男の子と交わした会話について次のように語っています。

 一枚の草の葉を拾った男の子は、種とは何か、なぜ葉に種があるのか、種がどのようにして葉を成長させるのか、ということを知りたがりました。「どんなものにも種があるのよ」と彼女は言いました。「なぜ?」とその子は尋ねました。会話はこのような調子で進みました。「なぜ?なぜ?」が何回か繰り返された後、彼女は最後に言いました。「それが『生命の本質』だからよ。成長することが生命の本質なの」。その男の子はこの簡単な創造的知性の原則を聞いたとき、ただ「ふーん・・」と言っただけでしたが、顔には非常に満ち足りた表情が浮かんできました。

「子供たちは直感的に知っているんです」と彼女は言います。「どのような知識も、子供たちの外側にではなく、内側にあるので、純粋な知識が与えられれば、彼らはすぐにその深遠さを理解します。」(「Growing up Enlightenment」より抜粋)

             ☆ ★ ☆

 今回は、マハリシ・スクールの小学校低学年の授業風景をご紹介しました。次回は、小学校の高学年の授業例を上げながら、意識に基づく教育がどのように行われているのかをご紹介していきます。
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 今回は、創造的知性の科学で学ぶ「原則」について取り上げてみました。マハリシ・スクールの生徒は、「生命の本質は成長し進歩すること」「知識は意識の中に構築される」「楽しみながら、より多くを成し遂げる」「世界は私たちがあるがまま」といった自然界に働く基本原則について学んでいます。これらの原則は、生命を真に生きるための知恵とも言えるものです。こうした原則を一つ一つ学習していくことで、生徒たちは自然界の働きについて理解するようになり、また日常生活のなかで、そうした原則を活用できるようになります。
 それでは、彼らの教室での様子をちょっとのぞいてみましょう。

 □● 
 ○■ すべての作用には
○□  反作用がある

 アン・ラブ先生が担当する小学三年生の創造的知性の科学の授業では、生徒たちが自分の一番好きな創造的知性の科学の原則について話し合っています。サリーは、『正反対のものが共存する』という原則が好きです。その一例として、彼女は、「木には柔らかくてよく曲がる葉と、固くてがっしりとした幹がある」と指摘します。

 ラブ先生も話に加わって言います。「先生が一番好きな原則は、『楽しみながら、より多くを成し遂げる』かな。それは、楽しんで何かを行っているときは、最も大きな達成が得られるっていうことね」。

 アリソンは、「『世界は私たちのあるがまま』が好きです。どうしてかというと、誰に対しても心から親切であれば、誰もが一緒に遊びたいと思ってくれるから」と言います。

 創造的知性の科学の原則は、子供たちの考えや行動を支え、日頃、見たり聞いたりしたことを、原則に合わせてきちんと整理するのに役だっています。

 ローズマリー先生が担当する小学校三年生の子供たちは、創造的知性の十六の原則の一つ「すべての作用には反作用がある」という原則について学んでいます。「すべての作用には反作用がある」とは、周囲に何らか影響を与えれば、その反作用として、同じ影響が自分に戻ってくるという原則です。

 ローズマリー先生は黒板に「すべての作用には反作用がある」と書きます。先生は子供たちに、「すべての」「作用」「反作用」という言葉の意味を辞書で調べさせ、子供たちがこれら一つ一つの重要な言葉を、理解できるように助けます。そしてその後で、この原則について説明します。

「宇宙に存在するものは、すべてお互いに影響しあっているのよ。そして、作用があるところには必ず反作用が生じるの。例えば、池に小石を投げると、水面には波紋が広がりますね。そして、その波紋は岸にはねかえって、また元の所に戻ってきます。それと同じ様に、私たちの考えや言葉や行動の影響もまた、池の波紋のように宇宙の隅々まで広がっていきます。そして、その波が、例えば、太陽や月や星に当たってはね返って、また私たちの所に戻ってきます。この戻ってくる影響の質は、最初に行った行動の質によって決まるのよ。つまり、よい行動を行って、周囲によい影響を与えれば、そのよい影響が自分にもどってきて、反対に、悪い影響を与えれば、悪い影響がもどってくる、というわけです。」

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 □○ 
 ●□ 内側の曇りのない良心
○■  

 創造的知性の科学の授業では、それぞれの原則を説明するときに、マハリシの説明をよく引用します。マハリシは、「すべての作用には反作用がある」というこの原則について、次のように説明しています。

「作用と反作用が等しいということは、科学的に立証された真理です。あなたが誰かにある仕方ではたらきかければ、その人も同じ様な仕方であなたに反応します。あなたが、ある人に対して心を開けば、その人もあなたに心を開きます。不親切な態度をとれば、相手からも不親切な反応が返ってきます。

 もし、その人が直接あなたに反応しない場合には、自然が間接的にあなたに反応を届けてくれます。あなたが誰かを傷つけた場合、その人自身が黙っていたとしても、自然が何か他の手段を通して、あなたに返報をもってきます。「蒔いた種は刈り取らねばならない」、これが自然の法則なのです。

 自然法則を欺くことはできません。反作用は必ずやってきます。もし、誰かがあなたを妬んでいるとしたら、自分自身の心によく尋ねるてみるべきです。すると、自分も以前に、その人かあるいは別の人に対して妬みを抱いていたことがあるのを思い出すはずです。ですから、その人にも他の人たちにも親切にして上げるのがよいでしょう。そうすれば、あなたの周りの人たちは、皆あなたに親切にしてくれるでしょう。その人を愛すれば、環境が愛を返してきます。疑いをもてば疑いをかけられ、憎めば憎まれます。周りの人があなたを憎しみ始めたからと知って、周りの人たちを責めてはいけません。自分の内面の良心をとがめるべきです。

 良心にやましいところがないように、心をいつも清浄にしておくことが必要です。思いやりをもって、真心のこもった態度で人に接することです。外側のよい行動も確かに人生において大きな価値をもっていますが、内側の曇りのない良心はさらに大きな価値をもっています。もし、あなたの良心に曇りがなく、同胞に対し愛と親切と徳をもって接するならば、すべての人から自然に気持ちよく迎えられ、環境からも大きな喜びを与えられるようになるでしょう。

 このような美徳を身につけ、良心にもやましいことがないのに、それでも周囲とうまくいかないという場合には、そのままその状況を受け入れることです。過去の何らかの行動の結果がそのように現れているからです。

 報復すると、自分を悪のレベルに低めることになります。それよりも、人の悪をあなたの徳の海の中の一滴に変えた方がよいのです。「悪に抗するなかれ」というのはよく知られた格言です。悪に対抗すると、その悪のレベルにまで身を屈めなくてはなりません。そればかりか、報復行為によって新たに生じた悪影響の責任を、また背負わねばならなくなります。

 周りに不純なものがあったとしても、それをそのまま、あなたの内側の純粋な良心の限りない喜びの中に、受け入れてあげなさい。あなたが許しを与えれば、自然のすべてがあなたの輝きをたたえ、喜びをあなたに返してくれます。寛大さ、寛容さ、心の純粋性、誠実、愛、親切は、環境を楽しみ、十分に活用するための基盤です。――マハリシ(「超越瞑想入門」より)」

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 □○ 
 ○□ 生命の基盤にある原則
●■  

 生徒達は、「すべての作用には反作用がある」という原則について十分に理解した後、みんなでこの原則について話し合います。それから、「すべての作用には反作用がある」という原則を、絵に描いて表現する実習を行います。絵を描き終えると、子供たちは一人ずつ立ち上がり、自分の絵について説明します。子供たちの絵は校庭で遊んでいる様子や、学校で同級生を助けている様子であり、誰かに親切にすれば、そのお返しに自分も親切にしてもらえるという考えを表現しています。

 そして最後に、先生はその日の授業をまとめ、子供たちが行っている超越瞑想の実践が、自分自身と周り人々に肯定的な影響を与える、最も効果的な方法であることを説明します。超越瞑想の実践中、心は、純粋意識を体験します。純粋意識とは、創造性、至福、エネルギーの源であり、それを体験することによって、生徒たちの心の中に、至福やエネルギーが溢れてきてます。心が至福で満たされているときには、誰に対しても親切と思いやりの気持ちをもって接することができます。そしてそのお返しとして、誰からも親切にしてもらえるのです。

 超越瞑想中に体験する純粋意識とは、自然界に働くすべての原則の源でもあります。ですから、この場を直接経験することによって、無理なく自然に、こうした創造的知性の原則に従って行動できるようになるのです。

 実際、こうした創造的知性の科学の学習は、子供たちの教室外での考えや行動に役立っている、とドリ・ジャクソン先生は説明します。

「子供たちは、このような原則を学ぶのを楽しんでいるだけでなく、日常の活動においても自然に活用しています。例えば、意見が対立したりすると、子供たちは「すべての作用には反作用がある」という原則を活用して、お互いの行為が生み出した結果についてよく話し合っています。子供たちは、より包括的な原則に基づいて特定の状況を判断し、どのように行動したらよいのかを自分で選択しているのです。

 また、子供たちは、他の子供たちの感情をとても気にかけています。誰かが悲しく不幸せな様子であれば、ほとんどの子供が、自分が何か正しくないことをしたのではないか、またはその子に何かしてやれることはないかと、すぐに考え始めます。」

 マハリシ・スクールの生徒たちは皆、創造的知性の科学の授業が大好きです。「なぜ好きなの?」と聞くと、多くの子供たちが無邪気に「楽しいから!」と答えます。

 五年生のクリスは、こう話しています。「いろいろな原則を学べば学ぶほど、もっと楽しくなります。創造的知性の科学を学ぶともっと創造的になるからです。創造的知性の科学の後で数学を勉強すると、創造的知性の科学のことを思い出して、もっと速く問題が解けます。創造的知性の科学を学んでいるときは、みんないつでも幸せです!」

 キャスリーン・タチェット先生は、創造的知性の科学の学習が子供たちに幸福と成就をもたらす理由を次のように洞察しています。

「これらの原則は生命の基盤となる原則です。これらの原則を通して、子供たちは、生命がどのように組織されているのかを、深く、はっきりと観察できるようになります。子供たちはいつでも、創造的知性の科学の原則に基づいて、自然界を認識しています。また、超越瞑想の実践も非常に重要です。超越瞑想によって体験する純粋意識は、まさに生命の基盤に他ならないからです。」(「Growing up Enlightenment」より抜粋)

             ☆ ★ ☆

 今回は、「すべての作用には反作用がある」という原則を取り上げ、マハリシ・スクールの生徒がどのような形で、創造的知性の原則を学んでいるのかをご紹介しました。次回は、「知識は意識の中に構築される」という原則と、七つの意識状態について解説していきます。
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 今回は、「七つの意識状態」について取り上げてみました。私たちが日常経験している意識状態よりも、さらに高い意識状態があり、私たちは、それを生きる能力を本来持っている、という話です。
 この古くて新しい世界。皆さんの目にはどのように映るでしょうか。

●○
□□ 意識は、知識の基盤
○○

 創造的知性の科学の重要な原則の一つに「知識は意識のなかに築かれる」というものがあります。この原則が示していることは、「意識状態が異なると、周りの世界は異なって見え、得られる知識も異なる」ということです。

 意識がどれくらい拡大しているか、つまり、私たちがどれほど注意深いかによって、知識の量が決まり、どれくらい生命の真理を理解できるかが決まります。

 例えば、ドライバーが眠気でうとうとしていている意識状態では、うっかりして木にぶつかってしまいます。しかし、ドライバーの意識が明瞭でハッキリしているときには、周囲をきちんと見ていますから、木があってもぶつかることはありません。このように、意識が明瞭であるか、そうでないかによって、私たちの見える(生きる)世界は異なってくるのです。

 意識が拡大すればするほど、知覚は鋭くなり、すべてに注意がいきわたるようになります。それにより、もっと多くの情報を得ることができるので、当然、知識の量も増えます。ですから、意識の高さこそが、知識を得るための基盤となるのです。

 マハリシはこのことを、「知識は意識のなかに築かれる」という簡潔な言葉で表現しました。その真意は、「永遠不変の真理を得たければ、まず、意識を永遠不変なものにする必要がある」ということです。

 マハリシが指導する超越瞑想は、とても自然な形で、永遠不変の意識である、純粋意識に達することができます。純粋意識とは、意識が意識それ自身のみを経験して、意識以外のものは何も経験していない状態です。真の「自己」とも呼ばれます。

 超越瞑想の規則的な実践を通して、純粋意識を経験し、この永遠不変の意識を常に維持することができれば、得られる知識はすべて真実で完全なものとなるはずです。

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□□ 七つの意識状態
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 それでは、私たちの意識はどのような段階を経て成長していくのでしょうか。マハリシは、意識には七つの状態があることを説明しています。

 私たちは、普段、起きている状態、眠っている状態、夢を見ている状態、これら三つの意識状態を経験しています。そして、これら三つのどの意識でもない、第四番目の意識状態が、超越瞑想中に経験される、超越意識(または、純粋意識)です。この超越意識を繰り返し経験することによって、やがて第五、第六、第七番目の意識状態へと段階的に成長していくとマハリシは説明します。

 それでは、それぞれの意識状態がどいうものなのか、ここで簡単に見てみましょう。

★第四の意識状態:超越意識(純粋意識)

 超越意識とは、超越瞑想中に経験される独特の意識状態です。超越瞑想を実践すると、心は内深くに入っていき、意識の拡大を経験します。そして、やがて、完全に静寂で、枠のない意識の状態へと至ります。これが超越意識(純粋意識)の体験です。この状態は、安らいでいながらも、心ははっきりと目覚めていて、機敏さを保っています。また、純粋意識は、至福、創造性、エネルギーの源であるので、純粋意識を経験するとき、心は、至福、創造性、エネルギーに満たされます。

★第五の意識状態:宇宙意識

 瞑想の後、至福、創造性、エネルギーといった純粋意識の質がしばらく保たれますが、活動をしていくなかで次第に薄れていきます。そしてまた、瞑想を行うと心はそれらの質で満たされ、活動に従事するとそれらを失います。こうした過程を繰り返していくうちに、純粋意識の質が、次第に心に定着していきます。

 それはちょうど、白い布を黄色に染めるようなものです。白い布を黄色の染料に付けた後、それを日にさらします。日にさらして色をあせさせて、それからまた染料に付けて日にさらします。こうして染料につけるたびに、少しずつ色が定着してゆき、最後には完全な黄色に染まるわけです。

 同じように、瞑想と活動を繰り返すことで、純粋意識が完全に定着してくると、寝ているときも、夢を見ているときも、起きているときも、常に純粋意識が維持されるようになります。それが、宇宙意識の状態です。宇宙意識に達した人は、二十四時間、常に至福意識のなかで生きられるようになります。深い眠りの状態にあるときにも、内側ではっきりと目覚めています。活動の最中であっても、内側には完全な静寂が維持され、決して自分を見失わなくなります。

★第六の意識状態:神意識

 宇宙意識の状態において、知覚能力が次第に洗練されていき、やがて知覚の対象の最も微細な価値までも認識できるようになります。これは、神意識と呼ばれる状態です。この意識状態においては、すべての対象が、光り輝く神々しい価値として経験されます。環境のあらゆるもののなかに、最も美しく素晴らしい価値を認識するようになるので、あらゆる対象との関係は愛と調和で満たされるようになります。

★第七の意識状態:統一意識

 知覚能力がさらに増していくと、ついには対象の最も微細な価値を超え、無限で超越的な価値が認識できるようになります。そのレベルにおいては、違いというものが溶け去り、調和が支配的です。宇宙のさまざまな面など、その違いはわずかに残りますが、それらは互いに結びつけられ一体となっています。これが意識の最高の状態、統一意識です。

 統一意識においては、すべてのものが自分自身として認識されるようになります。ヴェーダの詩節は、この状態を「万物のなかに「自己」があり、「自己」のなかに万物がある」「私は総てである」「私は宇宙である」と表現しています。

 統一意識とは、生命の進化の最終到達点であり、完全な悟りに至った状態のことです。それは、人間に本来備わっているすべての潜在力が完全に開花した状態です。この状態において人は、ただ意図するだけで、どのような願望でも即座に実現させることができます。

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□□ 教育の役割:高次意識の成長を促すこと
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 実際に、超越瞑想を実践している非常に多くの人々が、こうした高次意識の状態を経験していることが報告されています。

「心がますます落ち着いてきて、静かな穏やかさが感じられます。自然のリズムと調和して行動できるようになり、すべての願望がとてもスムーズに実現されてゆきます。能力や内側の力強さが増してきているようです。また、柔らかく優しい感情が成長し、すべてのものに愛情が感じられるという、心が溶けるような感覚を味わったこともあります。一日のうちの長い間、見るものすべてが神々しいまでに燦然と輝いているという経験もよくあります。」(J・B、カナダ、オンタリオ州)

 マハリシ・スクールの生徒たちも、毎日の日課の一部として、超越意識を経験します。

「瞑想中はとてもリラックスして安らいだ感じがあり、瞑想後もその安らいだ気分が続きます。また、瞑想の後は、注意力や知覚能力が増すせいか、細かな部分もはっきり認識することができます。(デビー、高校一年生)」

「私の場合は、瞑想中に大きな幸福感と、エネルギーが溢れ出てくるのを感じます。活動中も、そうした幸福感が続き、力強さと創造性が増してくるように感じます。(ノア、中学三年生)」

 中学校の前校長デイル・モンソンは、「生徒の意識を高めることが、教育の最も重要な目標である」と言います。

「意識が高まるとは、生徒が悟りの方向に向かって成長していくことを意味します。悟りとは、人がすべての行動面で過ちを犯さず、常に成功を収める状態を指しています。実際、生徒の意識の成長が、彼らの生活に実際的な恩恵をもたらしています。生徒たちは、一日二回、超越意識を体験することで、非常に高いレベルの学業成績を収めていますし、彼らの考え方は、以前よりずっと秩序的で知的なものとなっています。こうした成果は、生徒たちの意識が成長することによって、引き起こされているのです。」

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□□ 高次意識の体験、そして、知的理解
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 生徒の意識を高めるためには、超越瞑想を通して高次意識を体験すると同時に、それについての知的理解を得ることも大切です。高次意識の状態について知的に理解することによって、できるだけ早く悟りに達したいと願うようになるからです。また、高次意識に関する知識は、生徒たちの瞑想中の体験を明確にします。高校二年生のキャシーは、この点を強調しています。

「授業のなかで七つの意識状態について話し合うとき、他の学校から転入してきた生徒たちは、それぞれの意識状態についてたくさんの質問をします。転入生たちに合わせて、ゆっくりと高次意識の状態について説明していくと、彼らはよく「ああ、そう言えば、僕にもそんな体験がある」と言い出します。誰もが瞑想中により深い状態を体験していると言い、それによって活動がより効率的になったと言います。今はもう、高次意識の体験は私たちの生活の一部になっているので、高次意識を体験していないという人がいたら驚いてしまうくらいです。」

 意識の成長は、大変自然なものです。生命の本質とは成長することであり、実のところ、すべての生命が進化の到達点である完全な悟りへと向かって成長しているのです。この最高に進化した意識の状態において、人は完全な幸福と完全な健康を生き、何でも知り、何でも行い、何でも達成できるようになります。

 マハリシの意識に基づいた教育法によって、年齢、性別、職業、宗教に関係なくどのような人であっても、この悟りへの成長を最大限に促すことができます。悟りとは、誰もが生きることが出きる非常に実際的な状態なのです。

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 次回は、「目的に一途であること」といった原則を学ぶ、マハリシ・スクールの中学生と高校生の授業例を見ていきます。
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 今回は、「生命の目的とは何か」、そして、その目的を達成するためには、何が必要なのかを見ていきます。

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□□ 生命の目的
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 ローレンス・アイ先生が担当する高校二年生のクラスでは、創造的知性に備わる「目的に一途であること」という価値について学んでいます。

「人間はいつも、より多くを得たいと願い、より多くを達成しようと努力していますね。より多くを達成するための秘訣は、「目的に一途である」ということです。そして、目的に向かって一途に活動するためには、まず達成したい目標そのものをはっきりさせることです。

 では、私たちが生きるための目標とは何でしょうか? そもそも「生命の目的」とは、いったい何なのでしょうか?」

 アイ先生は、『存在の科学と生きる技術』からマハリシの言葉を引用して、生徒たちにこのように話します。

「幸福の拡大が生命の目的であり、進化はこれを成就する過程です。生命は自然な過程を通じて進化し、幸福が拡大していきます。幸福の拡大とともに、知性、力、創造性、その他、生命において重要とされるあらゆるものが成長します。」

「もしある人が幸福でないとしたら、その人は生命の目的を見失っています。もしその人の知性、力、創造性、平和、幸福が絶えず成長し拡大していないとしたら、その人は生命の目的そのものを見失っていることになります。生命は、鈍さや怠惰や苦しみの中で生きるようにはできていません。こういう生き方は生命の本質には属していないのです。」

「今日の人々は生命の目的を見失ってしまっています。人は、自分自身と他の人々にとって有益な人生を楽しみ、創造し、生きるために生まれてきた、ということを理解できなくなっています。

 現代人はただやみくもに目前の活動に飛び込んで、力の限り一生懸命に働いています。それはそれとして立派なことですけれど、活動が増してくると、その結果として生じる忙しさと責任に十分に対処できないということに気がつきます。以前よりも大きな仕事をするようになったら、仕事の増加した分をこなすために、自分自身の中から、もっと多くのエネルギーや知性を生み出すことができなくてはなりません。その方法を知らないと、生命の目的全体を見失ってしまいます。」

 そして、アイ先生は、クラスの生徒たちに次のように説明します。

「生命の目的とは、進化することであり、もっともっと幸福になることですね。では、そのためには、何が必要ですか? それは、幸福の源、純粋意識を経験することです。純粋意識の経験は、私たちの幸福、創造性、知性を拡大し、最大の進化をもたらして、生命の目的を成就させます。」

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□□ 目標を明確にする
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 また、アイ先生は、「目的に一途であること」という創造的知性の原則を、偉人の生涯や、生徒の日常生活と関連させて説明していきます。

「偉人の生涯を見てみると、彼らは、目標の達成に役に立たない事柄に対して、決して時間やエネルギーを無駄にせず、目的に向かって一途に活動していたことがわかります。

 目的に向かって一途に活動するためには、まず達成したい目標をはっきりとさせ、その目標を達成するために綿密な計画を立てるべきです。ここで、皆さん一人一人の目標を明確にして、それを達成するための計画を立ててみましょう。」

 まず始めにアイ先生は、生徒たちに、日々の計画と年間計画の立て方を教えます。それから、生徒たちは小さなグループに別れて、自分が達成したい目標と、その目標を達成するための「理想的な日課」について考え、グループの中で発表します。

 ある生徒は、小さなグループの中で発表した後、自ら進んで自分の計画をクラス全体に発表しました。彼の全体的な目標は、「できるだけ速く進化して、悟りの状態に達する」でした。そして、できるだけ早く進化するための理想的な日課を発表します。その日課には、朝夕の超越瞑想の実践が組み込まれています。

 アイ先生は次のように話しています。

「この実習は、生徒たちの一年間を調整することになります。時間の活用法に関する簡単な実習を通して、生徒たちは学校で提供される知識や、課外活動や、マハリシの超越瞑想を最大限に活用することができるように一日の計画を立てます。

 生徒たちは綿密な計画を立てることで、時間やエネルギーの無駄をなくし、より効果的な活動ができることを理解します。また、超越瞑想を規則的に実践し、規則正しい生活を送ることで、最大限の成長がもたらされることを理解します。目的に一途であればあるほど、最も速い速度で、生命の進化の到達点である悟りの状態へと、自動的に達することができます。」

             ☆ ★ ☆

 これまでマハリシ・スクールにおける、創造的知性の科学の授業例をご紹介してきました。

 創造的知性の原則を通して、生徒たちは、自分自身の成長を促す自然の諸法則について深く理解していきます。彼らは人間の潜在力の全範囲について学び、また自分自身の内なる才能を最も速く、最大限に開発するための方法を学びます。
 
 マハリシの意識に基づいた教育は、純粋意識に関する理論的知識と、純粋意識の直接体験とを提供することで、生徒たちの意識の成長を促します。それによって、彼らの知性を高め、人格を豊かにし、思いやりを増すことで、学校生活においてより大きな幸福感と至福感を感じられるようにします。
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 これまでは、マハリシ・スクールの授業風景を中心に、マハリシの意識に基づいた教育についてご紹介してきました。今回から少し趣向を変えて、彼らの社会性がどれほど成長しているのかについて、具体的な研究事例をあげて見ていきます。

 研究とはいっても、数値による評価だけでなく、ある設定された状況を生徒はどのように対応するのか、という具体例ですので、皆さんも一緒になって楽しめると思います。

 ● 教育の役割
□○ 生徒の学業面と社会面の成長
 □

 教育者であれば、誰もが生徒に対して望むこと――それは、責任感や他人への思いやりを養い、社会の習慣や決まりを進んで守っていける人間に成長して欲しいということです。

 しかし、これまでの学校教育では、生徒がテストで良い成績を取るための勉強ばかりが重視されて、生徒の「社会性」を成長させることについては、ほとんど注意が払われてきませんでした。

 マハリシの意識に基づいた教育では、意識に関する知識を学び、また、意識を開発する技術を実践することで、生徒の「学業面」のみならず、「社会面」の両方を発達させることに成功しています。これらの有益性は、六〇〇以上の科学的研究によっても裏付けられています。

 マハリシ・スクール中等部の数学教師、ガイ・ハチャードは、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドの私立学校で教鞭を取ったことのある、経験豊かな教師です。彼は次のように述べています。

「世界には優秀な学校がたくさんありますが、マハリシ・スクールの特筆すべき点は、生徒が、学業面だけでなく、人格面においても、親切心、尊敬心、誠実さ、責任感、率直さ、思いやりといった質を大きく成長させていることです。しかも、生徒は、毎日、超越瞑想を実践し、純粋意識を経験していますから、教師は生徒の社会性を成長させようと躍起になる必要がありません。人格のあらゆる側面を豊かにする、この生命の基本的な場を経験することで、ごく自然に、生徒の社会性が成長していくのです。」

 実際に、生徒がどのような道徳観をもっているのかを示す、研究調査があります。この研究は、「思いやり」「約束を守ること」「盗みをしないこと」「損害賠償」といった観点から、生徒たちの考え方や行動の仕方が社会的であるかどうかを調査したものです。考え方や行動の仕方は、それが自分の利益だけでなく、集団の調和にも貢献している場合に、社会的であると考えられます。

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 ○
□● 生徒が選択したもの……
 □

 この研究では、マハリシ・スクールの高校一年生から三年生までの二十四人の生徒を、個別に面接しています。それぞれの面接は約一時間。そのなかの質問は、ハーバード大学の道徳教育センターによって開発された、「道徳に関するインタビュー」から採用したものです。

 生徒に、学校で実際に起こり得るいくつかの状況を提示し、それに対して自分自身やマハリシ・スクールの他の生徒が、どのように考え行動するかを尋ねました。この研究では、そうした生徒の答えを、他の学校の生徒の答えと比較するという形で、マハリシ・スクールの生徒の社会性を計測しました。

 それでは、その時の問題とマハリシ・スクールの生徒の解答を以下に掲載しましたので、読者の皆さんも一緒に問題を考えて、彼らの解答と比較してみてください。問題は、全部で四問。最初に、質問があり、その後に、質問の解説、生徒の解答と続きます。

              ◇●◇

┌──────────────────────────────┐
│ 第一問「人気がない生徒を助けるべきか」          │
└──────────────────────────────┘

 ビリーは志願した大学の面接試験を、次の土曜日の朝九時に受けることになりました。その大学はビリーの町から六十四キロ離れているのですが、ビリーにはそこへ行くための交通手段が何もありません。進路指導の先生はビリーを車で送ってあげようと思いましたが、その時間はすでに他の予定が入っていたため、誰か彼を車で大学まで送ってくれる生徒がいないか、聞いてみることにしました。

 しかし、彼を車で送ろうと申し出る生徒は一人もいません。ほとんどの生徒は、「ビリーは好きではない」と言います。ビリーは目立ちたがりやだからです。

 生徒の一人、ハリーは自分の家の車が使えることを知っていますが、ビリーを一番良く知っている生徒たちが「忙しい」とか、ただ「できない」と言っているのを聞くと、自分がビリーのために何かしてあげるというのはどうかと迷っています。

 それに、彼にとって土曜日は一週間で一日だけ、朝遅くまでゆっくり寝ていられる日です。もしビリーを送るとなれば、かなり朝早くに起きなければなりません。

 ハリーはビリーを大学の面接に送っていくべきでしょうか。

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         あなたならどう答えますか?

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             【解 説】

 ここでは、みんなから良く思われていない生徒を助けるべきかどうか、という状況が描かれています。概して生徒は、そんなことをすれば友達から仲間外れにされるのでないか、と心配します。生徒たちの一般的な答えは、「みんなが良く思っていない生徒を助けるなんて、かっこわるい」とか、「誰も助けたがらない人を、どうして僕が助けなければならないんだ」、といったものです。

 このような態度は生徒たちの中に排他的なグループを作り、閉鎖的な雰囲気を作り出します。生徒の答えで良く聞かれることは、「どちらにしても私の学校では、生徒同士が互いに気配りをすることはあまりない」というものです。

       【マハリシ・スクールの生徒たちの解答】

テリー(高校一年生)の答え:
他の人たちを助けるのは当然のことです。他の人たちを助けることによって、その人たちがより速く、楽に進化するように助けることができます。マハリシ・スクールの生徒たちは、他の人たちを助けることの価値を知っています。・・・チームを組んでバレーボールをするときと同じように、まとまってプレーをすれば必ず勝つことができます。私たちは学校で互いに助け合い、そうしてみんなが仲良くなります。

              ◇●◇

カーラ(高校三年生)の答え:
彼を助けてあげることで、周りのすべての人たちの質を高めることができます。リーダーはみんなの肯定的な質を引き出すようにするべきです。私たち自身が肯定的であれば、自動的に肯定性が返ってきます。マハリシ・スクールの生徒たちは他の人たちを助けるのが好きです。私たちは、誰もが助けてもらうのに値すると考えています。他の人たちを助けることによって、環境の質も高めることができるということを知っているからです。

              ◇●◇

┌──────────────────────────────┐
│ 第二問「約束を守るべきか」                │
└──────────────────────────────┘

 中学校のクラス旅行の前に、先生が生徒に言いました。

「クラスのみんながお酒を持ち込んだり、飲んだりしないと約束してください。もし飲んでいる生徒がいれば、家に送り返します」。

 生徒たちは、先生の承認がなければ旅行そのものができなくなることを知っていました。そこで、クラスのミーティングでは、全員が先生の提案に賛成しました。

 旅行中に数人の生徒たちが、仲間のジムを湖まで遊びにいこうと誘いました。湖に着くと、彼らはお酒を一瓶取り出し、回し飲みを始めました。

 ジムは飲むのを拒否するべきでしょうか。

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         あなたならどう答えますか?

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             【解 説】

 このジレンマは、クラス旅行でアルコールを飲まないという約束を守るべきかどうか、という状況です。今日の生徒たちの典型的な考え方は、「見つからなければ構わない」というものです。

 多くの生徒たちは、約束を破ることは責任や信頼を損なうことになる、とまでは十分に認識できていません。また、今日のアメリカ社会では、アルコールや麻薬が高校生の間にかなり浸透しているため、生徒たちはこのような状況は珍しいことではないと感じています。最近の世論調査では、アルコールや麻薬の問題が全国の学校で大きな問題になっていることが明らかになっています。

       【マハリシ・スクールの生徒たちの解答】

カレン(高校三年生)の答え:
彼はアルコールを飲まないという約束を学校にしました。旅行中にアルコールは飲まないと自分で決めたのです。私なら、飲むのを拒否します。安定性を守るためです。社会の中では、自分の言ったことは自分の態度で示す必要があります。・・・マハリシ・スクールの生徒たちは、自らの肯定性を保ち、人生の質を良くするために、できる限りのことをすると思います。
              ◇●◇

メアリー(高校三年生)の答え:
約束を守ることは大切なことです。人間関係は信頼に基づいているからです。もし、ある人を信頼できなければ、コミュニケーションの能力が低くなってしまいます。責任感を持つことも大切です。そうすれば、人からいつも信頼され、頼りにされるようになります。人々は互いに信頼し合うことを望んでいると思います。なぜなら、もしある人が別の人を信頼しないとしたら、あるいはみんなが一人の人を信頼しないとしたら、グループの調和が乱れてしまうからです。それでは全体としてのまとまりが欠けてしまい、全員が一つになって行動することもできなくなってしまいます。

 全員が一つとなり、一つの全体として共に行動し、無敵になる。これが、この学校が他の学校と違っている点だと思います。共に行動することで無敵になり、より拘束が少なくなります。共に行動すればより多くのことを行えるようになります。一人一人が行動に集中していれば、一人でするよりも多くのことを、グループ全体でなし遂げることができます。

              ◇●◇

┌──────────────────────────────┐
│ 第三問「盗みをしても良いか」               │
└──────────────────────────────┘

 メアリーが歴史の授業に来たとき、生徒は全員そろっていましたが、先生がまだ来ていませんでした。メアリーは少しの間座っていましたが、先生が来るまで数人の友達と廊下でおしゃべりをすることにしました。彼女は鞄を開けて、友達に見せたいと思っていた手紙を取り出し、鞄を開けたまま机の上に置いて、教室の外に走って出て行きました。

 同じクラスのトムがメアリーの鞄の中を覗いてみると、二十ドル札が見えました。彼はその二十ドル札を彼女の鞄から抜き取ろうかと考えました。

 トムはお金を取るべきでしょうか。

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         あなたならどう答えますか?

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             【解 説】

 このジレンマは、クラスメイトの鞄の中からお金を盗んでもよいか、という問題です。ほとんどの生徒が盗みは違法で悪いことだと認めているにもかかわらず、アメリカの多くの生徒は、お金を盗むことには理由があると考えています。「鞄を放置しておいたメアリーに責任がある」と言う生徒もいれば、「もしトムがお金を必要としているのなら当然盗むべきだ」と言う生徒もいます。生徒たちの典型的な答えは、「教室にお金が放置してあれば、なくならないほうがおかしい」というものです。これらの答えは、学校内で個人の所有物が盗まれるということが現実の問題であるということを示しています。

       【マハリシ・スクールの生徒たちの解答】

サラ(高校二年生)の答え:
もし私が誰か他の人に盗みを働いたら、その人は私に同じことをするでしょう。盗みは人を尊敬していないという証拠です。

              ◇●◇

ジム(高校二年生)の答え:
分別を持つべきです。盗みは自制心が欠けている証拠です。社会は信頼に基づいているのであって、盗みに基づいているのではありません。盗みは社会に対して、微妙な感情のレベルで悪い影響を与えることになります。
              ◇●◇

テリー(高校一年生)の答え:
それはメアリーのお金です。他人の所有物を盗めば、盗られた人を傷つけ、自分自身の悟りへの成長を阻むことにもなります。そのお金は私のものではありません。もし二十ドル欲しかったら、自分で外で稼いでくるべきです。盗みは正しい行動ではありません。盗みは盗られる人にとっても、盗る人にとっても、学校にとっても、社会にとっても、世界にとっても、良くありません。あらゆる想念や行動は、良きにつけ悪きにつけ、すべて環境に影響を及ぼすからです。

              ◇●◇

┌──────────────────────────────┐
│ 第四問「お金を出し合うべきか」              │
└──────────────────────────────┘

 メアリーが教室に戻ってみると、鞄の中から二十ドル札がなくなっているのに気づきました。彼女は誰が取ったのか見つけようとしますが、お金を盗んだトムも含めて、誰も自分が取ったとは言いません。先生が来たので、メアリーはお金がなくなったことを先生に話しました。

 先生は、クラスのみんなに次のように提案しました。

「お金を返そうとする人が誰もいないのですから、みんなで五十セントずつ出し合ってメアリーにお金を返しましょう」。

 生徒たちはメアリーのためにお金を出し合うべきでしょうか。

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         あなたならどう答えますか?

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               ◆

             【解 説】

 トムはお金を盗みましたが、それを認めようとはしません。先生はメアリーに盗まれたお金を返すために、みんなでお金を出し合うことを提案します。このジレンマは、社会的な行動を行うためには生徒たちの善意が必要であるという点で、一番目の状況に似ています。

 正しい行動手段を規定する決まりはありませんから、生徒たちは自分自身の責任感や、共同責任感に頼らざるをえません。このジレンマは、社会的な答えの割合が最も低いのが特徴です。つまり、生徒たちは不注意であったメアリーに責任があると考え、お金を出し合うことには消極的になります。

       【マハリシ・スクールの生徒たちの解答】

ケン(高校一年生)の答え:
誰かが何かを失ったとしたら、それはみんなが何かを失ったことと同じです。人は苦しむべきではありません。この学校ではその精神がより強く息づいています。ほとんどの生徒がお金を出し合うべきだと考えると思います。この学校にいると、ますますこの学校の雰囲気の良さが分かってきます。否定的な行動を行うよりも、人を助けたいという気持ちが自然に育ってくるのです。

              ◇●◇

ジム(高校二年生)の答え:
困っている人は親切に助けてあげるべきだと思います。この学校は一つの大きな家族のようで、愛や思いやりがあふれています。

              ◇●◇

テリー(高校一年生)の答え:
この学校ではほとんどの生徒がお金を出し合うと思います。自分の好きな人に対してだからそうするのです。この学校ではみんなが助け合います。ここの生徒たちは、みんなを喜ばせたい、できるだけ円満に解決したい、と思うことでしょう。

              ◇●◇

 ある女生徒は、最初はそのクラスメイトを助けるべきではないと答えました。「それは私の責任ではありません。その状況に対しては、お金を盗んだその人に責任があるはずです」と言いいます。

 しかし、彼女はしばらく考えてから、こう続けました。

「もし、みんながお金を出し合おうということに決めたら、私もそうするでしょう」。

 マハリシ・スクールの大多数の生徒は、その状況に自分も責任があると感じています。そして、この生徒の返答から、この学校の生徒たちが、互いに強い肯定的な影響を及ぼし合っていることが分かります。この生徒は続けて、「クラスのみんなが他のクラスメイトを幸せにし、状況をできるだけ調和的に解決するように努めるだろう」とも述べています。

              ◇●◇

 この研究結果を表したのが下の表です。

■ マハリシ・スクールの生徒たちの返答 
  社会的な選択と行動の割合の合計

      自分の選択  自分の行動  他人の選択  他人の行動
思いやり   100%   100%   100%   100%
約束を守る  100%   100%   100%   100%
盗みをしない 100%   100%   100%   100%
損害賠償    79%    88%    88%    88%
----------------------------------------------------------------
平均      94%    97%    97%    97%

※ 上記のパーセンテージは、社会的な答えをした人の割合です。横軸の項目にある「選択」とは、与えられた状況の中で自分がどのように行動すべきと思うかを指しています。「行動」とは、自分が実際にはどのように行動すると思うか、「自分」は、質問された生徒自身、「他人」は他の生徒たちのことを指しています。

 マハリシ・スクールの生徒は、社会的な答えの割合が、平均94パーセントから97パーセントという非常に高い範囲内にあります。

 それぞれのジレンマを個別に見ると、マハリシ・スクールの生徒の100パーセントが、「自分も他の生徒たちも、人気がない生徒を助ける」、「アルコールを飲まないという約束を守る」、「盗みをしない」、と答えています。自分や他の生徒たちが、「クラスメイトのためにお金を出し合うだろう」と答えた生徒の割合は、少し下がっています。

 全体的に、マハリシ・スクールの生徒たちのジレンマに対する返答は、社会的なものばかりでした。

 彼らは他のほとんどの生徒たちも、同じような行動をとるであろうと考えています。多くの生徒たちは、自分で決定した内容が、学校の調和とまとまりにどのような影響を及ぼすかについて、良く考えています。

 さらに生徒たちに共通していたのは、自分の考えが自分自身の個人的成長や、他の生徒たちの発達を促すかどうかを基準にして、決断を下していたことでした。

             ☆ ★ ☆

 次回は、一人の生徒の質疑応答の様子をじっくりと見ていき、他の学校との比較を行っていきます。お楽しみに。
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 前回は、マハリシ・スクールの生徒が、四つの状況(ジレンマ)にどのように対処するのかをご紹介しました。今回は、さらに生徒の一人に焦点をあて、彼がどのように与えられた状況を実際に対処するのかを、より詳細に見ていきます。

 ● マハリシ・スクールの道徳観
□○ 生徒へのインタビュー

 ロバートは、三年前に一家でカリフォルニア州南部の小さな町からアイオワ州フェアフィールドに引っ越して来て、マハリシ・スクールに通い始めました。インタビューを受けたとき、彼は高校三年生で、生徒会長を務めていました。「道徳・雰囲気に関するインタビュー」のジレンマに対する彼の返答は、マハリシ・スクールの生徒たちの代表的な姿勢を示しています。

 今回は、彼のインタビューからマハリシ・スクールの生徒が、日常の生活のなかで、何を行動の基準にしているのかを見ていきます。

 まずは、「人気がない生徒を助けること」に関する、最初のジレンマに対する返答から見ていきましょう。質問内容は、前号をご参照ください。

                 ◇ ◇ ◇

――ハリーはビリーを助けるべきでしょうか?

ロバート:はい。大学へ行くことはビリーの人生にとって重要なことなので、それに助けが必要なら助けてあげるべきだと思います。他の生徒がどう考えるかを気にするのはよくないでしょう。自分が正しいと思うことを行うべきです。ビリーを助けてあげて、彼と友達になるのが一番です。

――同じ状況で、あなたなら人気がない生徒を助けますか?

ロバート:はい、きっと助けます。そういう生徒こそ、最も友達が必要だからです。もし、彼がそれほど社交的でなければ、もっと社交的になるのを助けてくれる友達が必要です。

――マハリシ・スクールのほとんどの生徒たちが、人気がない生徒を助けるでしょうか?

ロバート:はい、そう思います。でも、実際には、マハリシ・スクールで本当に人気がない生徒がいるとは思えません。それに、僕たちは、誰かのことを人気があるとか、ないとか考えたりしません。

 転入生の場合、多くの生徒がまだその生徒のことを知らないので、人気があるとは言えないかも知れません。でも、そのような場合でも、僕も友達も何とかして転入生が気楽に感じるように、彼を助けてあげたいと考えると思います。これは僕らの間では日常的なことですし、自分たちの義務だと思うからです。

――なぜそれを義務だと思うのですか?

ロバート:学校にはグループの調和があり、もし、くつろぎを感じていない人がいれば、グループの調和が弱まってしまうからです。それだけでなく、この学校の生徒たちは純粋に他の人たちのためを思って、とても愛情深く、思いやりのある態度で人に接しています。誰か困っている人がいれば、その人を助けるのが自分の義務であると、誰もが思うはずです。

――前の学校の生徒たちは、このような状況で、助けようという気持ちになるでしょうか?

ロバート:いいえ。ほとんどの生徒はそう思わないでしょう。いろいろなグループがたくさんありますし、学校にあまりまとまりがないからです。

――マハリシ・スクールではどうでしょう。いろいろなグループがありますか?

ロバート:グループはたくさんありますが、学校全体が統一されて、皆でまとまって行動します。僕たちのクラスは、まるでクラス全員が一つになって行動しているようだと、多くの人に言われます。課外学習を行うための学習グループがありますし、学校以外の娯楽活動や、ダンスなどのさまざまな活動のグループがあります。僕たちはお互いに気を配り合っています。仲間に入りたい人は誰でもすぐに仲間に加わることができます。

 どのクラスにも独自の雰囲気がありますが、全クラスがまとまって行動します。学校に一歩足を踏み入れると、学校全体にまとまりがあり、一致団結していることが分かります。僕たちは、誰もが、超越瞑想をグループで行い、創造的知性の科学を学ぶといった共通の目的のために学校へ来ています。それがみんなを一つにしています。

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――マハリシ・スクールでは、生徒たちがお互いに助け合おうとする一般的な傾向がありますか?

ロバート:とても強くあります。もし、誰かがある分野で助けを必要としていれば、その人は周りのみんなから「助けぜめ」に合うでしょう。みんな喜んで助けますし、いつでも助けたいと思っています。生徒たちはよく友達同士で勉強しますが、それは他の人たちより特定の分野に強い生徒がいるからです。他の生徒に教えることで、その人自身もたくさん学ぶことができます。

――前の学校では、生徒たちがお互いに助け合おうとする一般的な傾向がありますか?

ロバート:ほとんどの生徒は自分のことで時間をやりくりするのが精一杯で、誰かを助けようという気にはならないと思います。……勉強好きな生徒は、勉強嫌いの生徒に足を引っ張られてしまうと考えるでしょう。そのように助けてくれる人を見つけるのはとても難しく、誰もが、自分で何とかしなければならないと考えています。

――もしもマハリシ・スクールの他の生徒が、このような状況で助けなかったとしたら、あなたはがっかりしますか?

ロバート:はい、がっかりすると思います。助けられなかった生徒に対してだけでなく、両者に対して残念に思います。なぜなら、仲間の生徒を助けたいという友情を生じさせないような、ある種の粗雑さや問題があるからです。「この友達を助けなくては」と思えないのは、その人自身に余裕がなく、周りの人に対して思いやりや愛情の気持ちを感じることができないせいだと思います。

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                 ◇ ◇ ◇

 マハリシ・スクールの他の生徒達と同様、ロバートも多くの場合、その行為がグループのまとまりに役立つか、または妨げとなるかという観点から、自分の行動を決断しています。学内での生徒同士の相互の関わり方には、「グループの調和」という考えが深く浸透している様子が、何度も見受けられます。

 次に、「約束を守ること」についての二番目のジレンマに対する返答です。

――あなたなら飲酒を拒否すると思いますか?

ロバート:はい。アルコールは神経系を損なうということを、僕たちは十分に理解しているからです。飲酒は、人が人生でできる限り成長し、達成を収めたいという願いを弱めてしまうことになります。お酒を飲むことよりも、もっと実際的な満足感が得られることをすべきだと思います。

――マハリシ・スクールのほとんどの生徒が飲酒を拒否するでしょうか?

ロバート:僕の知る限りでは、学内のほとんどの生徒が、僕と同じように感じると思います。お酒を飲むのは進化的でも、価値のあることでもありません。それは個人の完全性を損ない、やがてグループ全体の完全性を損ないます。グループ全員が同じように高い理想を抱き、その達成に向けて同じように専念することが、グループの当然の願いです。飲酒は、その理想を弱めてしまいます。

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                 ◇ ◇ ◇

 青年期の行動を動機づける主要因の一つに「仲間の圧力」があります。これは、仲間に受け入れられるために、行動や価値観を共有し順応するように求められる社会的な圧力のことです。アルコールのジレンマは、ある生徒が周りの生徒たちにそそのかされて悪いことをするという点で、「仲間の圧力」の典型的な例と言えます。

 マハリシ・スクールの生徒たちも、「仲間の圧力」を受けて、グループの他の仲間が好ましいと考えるような行動をとっていると、ロバートは答えています。しかし典型的な否定的な例とは異なり、マハリシ・スクールの生徒たちが生み出す「仲間の圧力」は、生徒たちの個人的発達と社会的発達を促進するものです。

 また、ロバートは、返答のなかで、自分自身の成長についてよく強調していますが、それがマハリシ・スクールの生徒達の行動を動機づける、主要因となっています。

 次に三番目の「盗み」についてのジレンマに対する返答です。

――あなたならお金を盗みますか?

ロバート:いいえ。とんでもありません。盗みは、他の人にも自分自身にも、悪い影響だけをもたらします。それは尊敬心の欠如の表れです。自分自身の人格面での、尊厳の欠如と弱さの表れです。それは個人の完全性を損ない、結果的にグループの完全性を損なうことになります。もし誰かがこのようなことをしたら、グループ全体を弱めてしまいます。

――あなたもメアリーと同じように、自分の持ち物が盗られないと信用するでしょうか?

ロバート:はい、もちろんです。学内の生徒たちは、僕とまったく同じように高い理想を抱いています。みんな僕を尊敬してくれますし、僕も同じようにみんなを尊敬しています。そのようなことが起こるとは考えられません。

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――前の学校では、メアリーと同じように持ち物が盗られないと信用できますか?

ロバート:いいえ。ロッカーにお金を置いておくこともできません。ロッカーが壊されることもあるからです。前の学校の生徒たちは、マハリシ・スクールの生徒たちと同じような誠実さについての知識や、尊敬心についての知識、調和についての知識を持っていません。彼らは無知から盗みをするのです。彼らは信用を失っていますから、彼らを信用することはできません。

――このような状況で、マハリシ・スクールのほとんどの生徒は、盗みをするか、しないか、どちらだと思いますか?

ロバート:僕は生徒全員を知っていますから、誰も盗みをしないと思います。なぜなら、みんな僕と同じように、誠実さや他の人々への尊敬心についての知識を持っているからです。……それに、盗みが他の人だけでなく、自分自身にもよくない影響をもたらすことを知っているからです。マハリシ・スクールの調和はずっと高いレベルにあります。この学校を初めて訪れる人にも、ここはそのようなことが起こる場所ではないということが、学内の雰囲気から分かると思います。

                 ◇ ◇ ◇

 そして最後に「お金を盗られた生徒のためにお金を出し合うかどうか」というジレンマに対する答えです。

――メアリーのためにお金を出し合うべきだと思いますか?

ロバート:はい。なぜなら、クラスは人の集まりだからです。ですから誰でもそのことに対して、部分的に責任があると思います。そのようなことが起こったとしたら、それはグループの弱さと自分自身の弱さの表れです。なぜならグループ全体の意識は、グループの一人一人の意識に反映し、また、一人一人の意識は、グループ全体の意識に反映するからです。それに、お金を出し合うのは良いことだと思います。  

――あなたなら実際にお金を出し合いますか?

ロバート:はい。理由は同じです。

――他のほとんどの生徒も、実際にお金を出し合いますか?  

ロバート:そうすると思います。そのようなことが実際に起こり、誰かがそんな目に合ったとしたら、みんなひどく残念に思うでしょう。みんな、自分にも責任の一部があると考えます。何か悪いことが起こるのは、クラスのなかに高いレベルの完全性が維持されていないからです。だとしたら、その責任はみんなにあるでしょう。「規則」を取り決めるときは、みんなを育むような、愛情に満ちたやり方で行います。僕たちは、いつでも物事の肯定的な面を見ています。

              ◇ ◇ ◇

 ロバートは、マハリシ・スクールの生徒たちなら、学校でのこのような行動に関しても責任を負うだろうと考えています。生徒たちは、他の生徒全員が、正しい行動と誤った行動を区別できるようにする責任があると、彼は強調しています。この答えには、マハリシ・スクールの生徒たちの社会的成熟度が表れています。生徒たちは学内における自分自身の行動だけでなく、他の生徒の行動の仕方についても責任を感じているのです。

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 ○
□● 他の学校との比較

 この面接では、生徒たちは、同じ状況下で前の学校の生徒たちがどのように行動するかについても質問をうけています。そして、多くの生徒は、「前の学校の生徒よりも、マハリシ・スクールの生徒の方が、ジレンマに対して社会的に反応するだろう」と答えています。以下の表は、前の学校と比較した社会的な返答の割合です。

■ マハリシ・スクールの生徒たちの受け止め方と
  前の学校の生徒たちの受け止め方の比較

             社会的な選択  社会的な行動
 -----------------------------------------------------
 マハリシ・スクール    97%     97%
 -----------------------------------------------------
  前の学校         36%     26%
 -----------------------------------------------------


 また、マハリシ・スクールの生徒達の返答を、生徒の道徳的な発達を目標に掲げる特別な高等学校、ジャスト・コミュニティ・スクールの生徒達の返答と比較する研究も行われました。この学校は、普通の公立高校群の中から、特別な教育プログラムを行う学校として選ばれ、設立された学校です。

 この学校では、直接参加の民主主義という概念に基づき、地域社会のミーティングの公開討論や、少人数グループの討論を利用して、生徒たちの高度な道徳的判断力や社会的行動を養っています。ジャスト・コミュニティ・スクールの生徒たちは、普通の公立高校の生徒たちよりも、はるかに高いレベルの道徳的発達を示していることがわかっています。

 この研究は、そうしたジャスト・コミュニティ・スクールのうち、学業的にも社会経済的にも非常に優れている、ボストン郊外にある学校と、ニューヨーク市近郊にある学校が選ばれました。以下の図は、マハリシ・スクールと、二つのジャスト・コミュニティ・スクールの生徒たちの、社会的な返答の割合を表しています。

■ マハリシ・スクールと
  ジャスト・コミュニティー・スクール(JCS)との比較
  「社会的な選択と社会的な行動の割合」

         自分の選択 自分の行動 他人の選択 他人の行動
----------------------------------------------------------------
マハリシ・スクール  94%   97%   97%   97%
JCSボストン    85%   78%   80%   63%
JCSニューヨーク  88%   83%   90%   77%
----------------------------------------------------------------

※ 上記の数値は、社会的な答えをした人の割合です。横軸の項目にある「選択」とは、与えられた状況の中で自分がどのように行動すべきと思うか、「行動」とは、自分が実際にはどのように行動すると思うか、を示しています。「自分」は、質問された生徒自身、「他人」は他の生徒たちのことを示しています。


 この結果から、マハリシ・スクールの生徒たちは、ジャスト・コミュニティ・スクールの生徒と比べて、社会的な返答の割合がはるかに高いことが分かります。ジャスト・コミュニティ・スクールの生徒たちの「社会的な選択」と「社会的な行動」との間には、いくらか不一致が見られますが、このような不一致はマハリシ・スクールの生徒たちの返答には見られません。このことは、マハリシ・スクールの生徒の方が、「自分の社会的信念に基づいて行動するだろう」と考える生徒が多いことを示しています。

                ☆ ★ ☆

 今回のインタビューでも、マハリシ・スクールの生徒たちが、自分や他人の行動をグループ全体という広い視野のなかでとらえていることがよく表れていました。このことは、個別性を犠牲にして(個人の願望を犠牲にして)社会的行動をとる、ということではありません。超越瞑想の研究調査によれば、超越瞑想は、自我も成長させます。つまり、超越瞑想は、個別性を成長させるとともに、社会的な行動をもたらす、ということです。
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 今回は、「英国のマハリシ・スクール」に関する記事をお送りします。これまで、米国のマハリシ・スクールについてご紹介してきましたが、場所がかわっても、マハリシの意識に基づく教育は、同じように成功している、ということがおわかりいただけるかと思います。(この記事は一九九九年のプレスリリースからの転載です)

             ☆ ★ ☆


親の力で設立された学校が
またトップクラスに

 英国ランカシアの学校連盟委員会が先ごろ公表したところによれば、一九八六年に地元の親たちが設立した学校が、中等教育卒業資格試験でトップの成績を維持しており、一九九九年は受験した生徒全員が少なくとも五科目でグレードC以上の成績を上げています。その学校、英国のレイソムにあるマハリシ・スクールが、中等教育卒業資格試験でトップクラスに入るのはこれで連続して四回目であり、一九九五年、一九九六年、一九九七年にも同様の成績を収めています(一九九八年は、同校生徒はこの試験を受けませんでした)。

入学試験が無いにも関わらず

 これらの結果により、マハリシ・スクールは英国でもっとも成功した学校の仲間入りをしましたが、同じくらい優秀な他の多くの学校と違って同校には入学試験がなく、そうした成功を導いたのは、生徒のモチベーションと教員の意欲を高める独自の教育法です。

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 マハリシ・スクールのデリク・カッセルズ校長はこう説明します。

「子供たちは毎日始業前に少しの時間、静寂に浸ります。つまり超越瞑想と呼ばれる努力の要らない意識の技術を実践するのです。この瞑想によって深い休息の状態が得られます。その状態を基盤として、教師は教える準備を整え、生徒は学ぶ準備を整えることができます。」

いじめ等今日の教育が抱える
問題は存在しない

 同校を見学した人々は、そこには調和的な雰囲気が漂い、いじめや麻薬など今日の教育が抱える問題は存在しないと感想を述べています。

 マハリシ・スクールの評判が広まるにつれ、地元では同校に子供を入学させる親がますます増えています。そのうちの生徒の一人の体験が、今年の夏にBBCテレビのドキュメンタリー番組で取り上げられました。番組では、その少年がマハリシ・スクールに入学した後、最初の一年で成績が上がり、幸福感と自信を増していった記録が紹介され、反響を呼びました。

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創造性、感性も豊かに

 生徒たちは創造性も発揮して、詩歌の最優秀賞を連続で受賞しています。最近では毎年ロンドンで行われるサイモン・エルヴィン詩歌コンクールの授賞式で最優秀賞を獲得しました。

 同校の成績に感銘を受けた企業のスポンサーによる資金提供で、最先端の情報テクノロジー学科が設立され、また、政府のスポーツ振興機関が資金の一部を提供して建設しているスポーツ芸術センターがまもなく完成します。

「わが校はより多くの生徒が入学するのを大歓迎します。関心をお持ちの方は、わが校をぜひ見学してみてください」とデリク・カッセルズ校長は語ります。

「自分の子供を教育する好機は一度しかありません。マハリシ・スクールが提供する教育は、すべての子供が明るい未来を享受するのを手助けできると、私達は確信しています。」

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 知識の木の果実を得る

 今回は、マハリシ・スクールの教材「やさしいSCI」のなかから、ある一つの物語をご紹介します。「生命に関する知識」を真剣に求める青年に、現代教育は果たして何をもたらすことができるのか? そして、青年が求める「至高の知識」は、どのようにして手に入れることができるのか? 今回は、一人の青年と、その理想的な教師である父親との交流を通して、真の教育とは何かを問いかけます。

□■  生命に関する
 ■  知識を求めて


 ある日、息子は勉学のために旅に出ることを思い立ち、このことを父親に相談した。

「お父さん。僕は生命に関するすべての知識を学びたいと思います。でも、この小さな村ではとても満足いく知識が学べません。世界に出て、ありとあらゆる知識を学ぼうと思うのですが」

「そうか。なかなか感心な心がけだ。だが、息子よ。どこへ行くつもりかね? 眠る場所はあるのか? 求めている知識は確実に見つかるだろうか?」

「心配はいりません。それぞれの学問に卓越した先生方を捜し出し、内弟子となって彼らから知識を学ぶつもりです」と息子は胸を張って答えた。

 父親はいろいろ問いただした後、息子の決意が固いことを知り、息子の望むまま旅立つことに同意した。

 さっそく、息子は村を離れて学問の旅に出た。そして国々をめぐり、広く名の知れた各分野の熟達者たちを求めた。

 イタリアでは、当代きっての名匠に絵画と彫刻を学び、最高の技術を身に付けようとした。ついでギリシャに行き、古代の古典的な記念碑について学んだ。更に建築物と工学の興味が新たにわいてきたので、ドイツに行って科学を学び、物事の働く仕組みを学ぶことにした。彼はそこで、あきることなく熱心に生物学、化学、医学、物理学、天文学にエネルギーを注いだ。何時間も研究室で極微小の細胞生命の構造を観察し、天文台で何時間も星や銀河の巨大な広がりを見つめた。

 こうした極小から極大までの研究によって、生命の無限性に目が開かれた彼の飽くことを知らぬ好奇心は、この無限性の本質を求めて哲学へと向かった。プラトン、アリストテレス、デカルト、ライプニッツ、カントの著作を次々と読破した。だが、生命の源それ自体を知りたいという彼の願望は、偉大な哲学者たちでさえ満たすことはできなかった。

 彼は失望し、こんどはロマンティックな詩の世界を学べば、生命の謎を解く鍵が見つかるかも知れないと考え、英国に渡った。彼の心に灯されたこの願望は、詩人たちの直感の源である、芸術の女神たちをほめたたえる詩を読むにつれ、熱烈にふくれあがっていった。そして、女神が光の国に住み、誰もがいつも幸福で心配から解放されている様子を、父親がよく話してくれたことを思い出した。これが彼に暖かな感情と心の痛みをもたらした。すでに父のもとを離れ、旅を始めてから多くの年月が過ぎ去っていた。

「一度家に帰ろう」知識探求の旅を続ける前に家に帰り、しばらく父と過ごす決心をした。

□□  知識の木
 ■  になる果実


 少年は成人し、世界のさまざまな道の知識を得て父親のもとに帰宅した。再会を父はとても喜び、大祝宴を用意し旅について詳しく話すよううながした。息子はあちこちでの出来事を詳細に物語り、学んだすべてを熱心に説明したのである。

「それで求めていたものは見つかったかい?」

 息子はしばらく沈黙した。やつれた息子を目にした父親は再び聞いた。

「肉体について生理学の勉強をしたそうだが、おまえ自身健康になったかな? 顔色が少し悪くやせたように見えるが」

「長旅で疲れたせいでしょう。肉体の各部についてはたくさん学習しましたが……」

「それでは、物理学の研究をしたら、この物質的な世界が自由になったかね?」

「学んだのは重力の法則とか、てこの作り方なんです……」

「では、芸術の学習で生き方の秘訣がわかったかい?」

「それはどういう意味ですか? よくわかりませんが……」

「例えば樹木の知識を得る目的はどこにあるのだろうか? 木がどこに生えてどのように育ち、なぜ育つのかを知りたいと思う理由はなんだろうか?」

「それは自分で木を植えることができるためです」

「なぜ自分で木が植えられるように望むのだろうか?」

「それは木陰や果実を楽しむためです」

「それでは聞くが、知識の木になる『果実』とは何だろうか?」

 息子に答えはなく、静けさが残った。

「息子よ。知識を得たことによる果実は、すべてにくつろいで卓越することだ。どの分野の知識・情報であっても、その分野において快適で効率的になるためのものである。生理学を学習すればその人は健康になるべきであり、経済の学習によって無限の豊かさが楽しめるべきなのだ。しかし、どのようにすれば知識の果実が得られるか、わかるかい?」

「それはいった何ですか?」

「木が育って実をつけるために、もちろん木自体について学ぶことも必要で、適切な手入れ法、水の必要量、肥料、枝切りは大切だろう。しかし木の知識が実用性を帯びるためには、知識にある簡単な技術を加える必要があるのだよ。それは、根に水をやることだ。木の源さえ手入れれば、木全体のめんどうを見ることになり、枝葉は自然に繁って大きく甘い果実をつけるだろう。知識の果実を楽しみたいのなら、さまざまな学習を本当に実り多いものにしたいのなら、知識の木の源、即ち生命の源へ行けばいい。そうすればそこから、知識の果実は自発的に開花するだろう。知識の木全体の果実を得ること、それこそが充足・成就なのだよ」
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