瞑想の効果を実感してみて下さい。

超越瞑想(TM)の方法や効果について詳しくご紹介します。

静寂のひととき……TM瞑想

瞑想で脳の潜在力を開発!

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2011.10.31 13:50 | 日々の日記 | トラックバック(0) | コメント(-) |
ヴェーディックライフとは、自然の力を活用して、より少ない活動でより多くを達成する生き方です。ではより少ない活動でより多くを達成するためにはどうしたらよいのでしょうか。まず大切なことは、休息と活動のバランスをとることです。一生懸命働いているのに、なかなか達成が得られないとしたら、それは活動が多すぎて休息が足りないからでしょう。そこで今回は、深い休息をとることの大切さについて語ったマハリシの言葉や、ラージャ・コンハウス博士の講義をご紹介いたします。最初は、最近翻訳が完成したマハリシの講義「至高の知識の開花」から引用したマハリシの言葉です。

○●十分に休息をとることで願望を実現する
 
深い休息をとった後の活動は力強くなるので、望む結果を得ることができます。こうした深い休息の価値を知らなければ、人は苦しみ続けることになるでしょう。なぜなら休息をとらずに活動し続ければ、その人の活動はどんどん弱くなってしまうからです。弱い活動はなかなか達成されないので、人を疲れさせるだけです。目的を達成するために人々は一生懸命がんばりますが、何も達成されないまま、ただ活動し続けることになります。これが苦しみの原因です。十分に休息をとることで願望を実現できるのですが、人々は休息をとる方法を忘れてしまったのです。――マハリシ

もう一つ、無敵の日本コースの中で、ラージャ・コンハウス博士が「休息の価値」について話された講義の内容をご紹介します。

○●「もっともっと瞑想し、もっともっと働きなさい」

意識が成長すると共に、私たちは意識のより深いレベルから活動するようになり、自然の力を自在に扱えるようになります。マハリシはよくおっしゃっていました。「より少なく行動して、より多くを達成しなさい。最も少なく行動して、最も多くを達成するのです。そして最終的には何もせずして、すべてを達成しなさい」。母なる自然は、私たちがより静かな柔らかな領域で機能することを求めています。なぜなら、そのレベルはエネルギーが大変強力だからです。

ヴェーダ文献には、創造主ブラフマーがいかにして宇宙を作ったのかという話があります。彼は宇宙を創造したいと願い、働き始めました。しかし一生懸命がんばっても、何も起こりません。がんばればがんばるほど、うまくいきませんでした。そこにヴィシュヌ神が現れて、「あなたのやり方は間違っている。何かを創造するためには、まず超越しなければならない」と言いました。そしてブラフマーは瞑想を始め、超越のレベルに到達しました。その後で、彼はこの世界を容易に創造することができたのです。

「超越し、そこから行動しなさい」。それがマハリシが話されていた公式です。大切なことは、規則的に休むという習慣を身につけることです。ただ一生懸命働いているだけでは、なかなか成果が上がりません。休息というものが大変重要なのです。

マハリシはTM運動のリーダー達に「もっともっと瞑想しなさい、そしてもっともっと働きなさい」と言いました。私たちは、どうしたらそんなことができるのだろうかと思いました。1日に何時間も瞑想して、もっと仕事をするなんて不可能ではないかと思いました。しかし、マハリシはただ「そうしなさい」「そうしなさい」と言うだけでした。ですから、私たちは休息と活動のバランスを取る方法を学ばなければなりませんでした。そして私が発見したのは、より深い意識のレベルから活動すると、容易に達成が得られるということです。

休息と活動のバランスをとるためには、まず休息の方を優先します。最初に瞑想のスケジュールをたて、休息のスケジュールをたて、その周りに仕事のスケジュールをたてるのです。なぜなら仕事は無限にあるからです。私たちは常にもっともっと働くことができます。そこには終わりがありません。瞑想者はより創造的になるので、どんどん仕事を創造してしまうのです。ですから私たちは休息と活動のバランスを考えなければなりません。そしてまず最初に、休息から始めるべきです。――ラージャ・コンハウス博士
2010.10.22 21:04 | 日々の日記 | トラックバック(0) | コメント(-) |
瞑想以外にも、私たちは夜の睡眠によって休息を得ています。自然と調和した生活、ヴェーディックライフでは夜の睡眠の価値も重要視しています。そのことについて解説したラージャ・コンハウス博士の言葉をご紹介しましょう。

大きな船の舵のように
瞑想者、シダーのグループが国家を変える

  
アーユルヴェーダの専門医、トリグナ博士は、二つのことさえ行えば、アーユルヴェーダの60~70%までカバーできると言っています。それは、夜10時に寝ることと、朝早く起きて10分散歩することです。

より啓発された人生を求めるならば、夜10時に眠ることがとても大切です。マハリシが次のような例えを使って話されたことがありました。

フランス行きの船がニューヨークの港を出発するとき、進行方向がわずか二度ずれただけで、ヨーロッパ大陸に着く頃には、フランスではなくスペインに着くことになってしまいます。寝る時間とはそのようなものです。もし夜十時を過ぎると、たとえ数分であっても、新鮮な目覚めは遠のいてしまうかも知れません。

私たちは、自分の人生をより良いものに変えたいのです。しかし、私たち自身も集合意識の一部ですから、自分を変えるとは、集合意識を変えていくことでもあります。ですから、そこには挑戦的な要素があるのです。

あなたが夜十時に寝ようとしても、周りの人たちが十二時に寝ていたら、それは難しいことでしょう。しかし、小さなグループであっても、瞑想者やシダーが十時に寝ることを始めれば、国全体がそれに従うようになります。

大きな船であっても、その船の方角を変える舵は小さなものです。シダーのグループはちょうど、集合意識の方向を変える舵のようなものです。小さなシダーのグループが、国全体の方向を変えることができるのです。したがって、皆さんが行うことは、皆さんにとって重要であると同時に、国全体にとっても重要です。それが私たちの責任です。

啓発を得るための知識とは、世界で最も貴重な知識です。ほんのわずかな人たちだけが、この知識を与えられてきました。マハリシを先生にもてた私たちは、大変幸運です。マハリシのような先生は、数千年に一人現れるような方です。そのような先生をもてたということは、まさに奇跡です。私たち全員が素晴らしい祝福を受けているのです。

ですから、私たちはぜひ千二百人のシダーのグループを作りたいのです。そうすることで、啓発というものが非常に容易に得られるでしょう。――ラージャ・コンハウス博士

私たちの行動は集合意識に影響を与え、日本全体の意識を進化の方向へと向けることができます。つまり、私たちがヴェーディックライフを生きることを通して、ヴェーディックライフを日本全体に広げることができるのです。毎日のプログラムと早寝早起きで休息を十分にとり、行動をより強力にすることで、より大きな達成を楽しんでいきましょう。
2010.10.22 21:00 | 日々の日記 | トラックバック(0) | コメント(-) |
私たちは、瞑想によって自分の考えや行動をより正しいものに変えていくことができます。そしてそれによって、私たちの生きている世界を、よりよい方向へと変えていくことができるのです。

例えば、グループで瞑想することで、社会全体に調和的な傾向を生み出すことができます。また瞑想者が何かに注意を向けたり、行動を起こすことによっても、広く社会に影響を及ぼすことができるとラージャ・コンハウス博士は解説されていました。特にシダー(TMの上級実践者)が及ぼす影響について、ラージャ・コンハウス博士は次のように話されています。

「TMシディの実習では、最もエネルギーに満ちた力強い無限の静寂の場へと向かいます。そしてそのレベルにおいて、自分が発した個人的な考えは宇宙全体の海の中へと溶け込み、宇宙的な価値となります。自分の個別性から発した考えが、宇宙的なレベルに一気に広がるのです。そしてそれと同じ事が、私たちの人生全般においても起こります。

私たちが注意を向けたものは、強まります。なぜ強まるのかというと、注意を向けたものが、無限に拡大した宇宙的な価値へと変化するからです。TMシディを実習し、個別性から普遍性のレベルへと心を拡大する練習をしている人が、何かに注意を向けるとき、そこには利己的な意図がなくなります。そしてその影響は、普遍的なレベルで宇宙全体に広がっていくのです。例えば、あるシダーの経営者が違法行為を行っている業者との取引を止めようと決断したとします。そうしたシダーの決断は、その組織だけでなく、日本のビジネス界全体にそうした傾向を生み出すことになるのです。

私たちの生活においても同じ事が言えます。もし、私たちが暴力的な映画を見たりすると、その暴力的な影響が集合意識に広がっていきます。普遍的なレベルから働きかけるという技術を身につけたシダーの影響力は、非常に大きなものです。ですからシダーである私たちが、質のよい食べ物をとり、よい人々に囲まれ、よい環境のなかで暮らすことがとても大切です。それによって、そのよい影響を周囲に広げていくことができるからです。」

瞑想中に体験する純粋意識のレベルとは、宇宙のすべての多様性が一つに繋がっている普遍的な領域です。ですからその普遍的なレベルに慣れ親しんでいくと、その人の考えや行動は宇宙全体に影響を及ぼすようになるのです。

前回紹介したマン・インザ・ミラーの歌詞に関する文章の中で、次の言葉が心に残りました。

「政治でも、仕事でも、人間関係でも、相手や周りのせいにしていては、いつまでたっても何も変わらない。まずは自分が変わることだ。そこからすべてが始まる。そのことに気づいて行動する人が増えていけば、社会は、世界は変わるだろう。」

私たち瞑想者が、自分の人生をよりよい方向に変えるとき、その同じ傾向を社会全体に生み出すことになるのです。
2010.10.22 20:35 | 日々の日記 | トラックバック(0) | コメント(-) |
今年の6月、マイケル・ジャクソンの歌に感銘を受けた青年が、追悼記念のイベントを行っているという話題がテレビで流れていました。その青年が感銘を受けた歌詞とは「世界を変えるためには、まず自分自身が変わることだ」というもの。それはマハリシのメッセージと全く同じでした。

どんな歌なんだろと興味がわいてインターネットで調べてみたら、その歌詞について書かれた次のような文章に出会いました(青色の文字が歌詞です)。

                ☆ ★ ☆

「政治家が悪い」「社会が悪い」 あなたがそう思っている限り、きっと事態はもっと悪くなるだろう……。

僕は鏡の前に立っている男にこう語るんだ。 いったい何を待ってるんだい? まずは君から始めなきゃいけないんだぞって。ほんの少しで変わるんだ。どうかみんなも聞いてくれ。鏡の中の自分たちに。

世の中をより良い場所にしたいなら、まず自分自身を変えることだ。
自分自身を高めるんだ。わかるだろう。
自分自身で問題を解決するんだ。変化をおこすんだ。
自分自身から動くんだ。自分が変化を起こすんだ。


政治でも、仕事でも、人間関係でも、相手や周りのせいにしていては、いつまでたっても何も変わらない。まずは自分自分が変わることだ。そこからすべてが始まるんだ。そのことに気づいて行動する人が増えていけば、社会は、世界は変わるだろう。

変わるなら今だ。 僕でも世界は救えるんだ。きっと出来る。 やってみせる。僕は鏡の前に立っている男にこう語るんだ。いったい何を持ってるんだい? まずは君から始めなきゃいけないんだぞって。ほんの少しで変わるんだ。どうかみんなも聞いてくれ。 鏡の中の自分たちに。ただ僕だけではだめなんだ。 みんなの力が必要なんだ。 さあ勇気を出して。 さあ心を開いて。

                ☆ ★ ☆

このメッセージに感動した私は、ユーチューブで実際の曲も聴いてみました。

【日本語訳の歌詞がついたマン・インザ・ミラー】


それは私が学生時代の頃に、よく耳にしていた曲でした。懐かしいそのメロディを聴いているうちに、その当時の自分の気持ちが蘇ってきます。ちょうど二十歳の頃で、自分を変えようといろいろ努力していた時期でした。でも、いくらがんばっても何も変わらなくて落ち込むばかり……。「自分の人生なのに、どうして思い通りに行かないんだろう」ってよく思っていました。何かに挑戦しては失敗、失敗の連続で、その挫折感のために精神的にも不安定になっていきました。一生懸命自分を高めようとしているのに、かえって、どんどん悪い方向に向かっているようでした。

そんなときにTMと出会って救われました。そしてすぐに上級のTMシディコースを受けてマハリシ総研のスタッフになったのですが、それからは人生が大きく変わり始めました。ユートピアの編集を担当するようになり、初めて行う編集の仕事に夢中になって取り組むようになったのです。

毎日忙しかったので、自分はどのようになりたいとか、そんな自分の未来像を思い描くこともなくなりました。ただ規則的に瞑想し、その時々に与えられた仕事に打ち込むだけです。とても充実した毎日で、ただもう楽しかったことを覚えています。そして数ヶ月たったある日、ふと気づいたら、それまで自分が望んでいたことすべてが実現していました。

その当時、私が望んでいたことは、日々確実に成長したい、やりがいのある仕事をもちたい、世界の平和につながることをしたい、何でも話せる親しい友達が欲しい、自分の性格を直したい、まあそんなところでした。今思えば些細な願望ですが、その当時はいくら努力しても実現しなかったのです。それが意図せず自然に実現していたことに気づいたときには、本当に驚きました。魔法にかかったような気分でした。

意志の力で自分を変えるのは大変なことですが、瞑想して真の自分に立ち返れば、変化は自然に起こり始める。自分を変えることは実はとても簡単なことだ、と実感しました。

マン・イン・ザ・ミラーのメッセージは、今の行き詰まった世界で生活する人々の心に、大きな勇気と希望を与えてくれます。しかし、久しぶりにこの曲を聴いて感じたことは、いくら自分を変えようと思っても、変えることのできない人もまた、たくさんいるのではないかということです。ちょうど二十歳だった頃の私のように、思うようにいかない人生に悩んでいる人々に伝えたいと思いました。自分を変えることは実はとても簡単なんだということ。自分や世界の運命を変える力は、私たちの内側から自然にやってくるということを。
2010.10.21 20:59 | 日々の日記 | トラックバック(0) | コメント(-) |
TMのツイッターで、ある瞑想者の方がつぶやいていました。
「問題です。「油断大敵」その意味することは?」

「油断大敵」って、油断すると失敗するから、失敗しないようにいつも油断してはいけない……ということ? でも失敗しないようにいつも気を配っていたら疲れるだろうに、と感じました。

そういえば、瞑想を始めてから、一生懸命気を配る、ということをしなくなってきました。あれこれ心配しなくても、必要なときには必要な考えが浮かんで、時をえた行動がとれるようになってきます。つまり、瞑想して目覚めた機敏な意識を保っていれば、リラックスしていても、問題が起こる前にそれに気づいて、大事に至らずにすむ、ということです。

普通は、気を抜くと注意が散漫になって失敗する、だから気を抜いてはいけない、と考えられています。だから、いつも気を張っていなければならず疲れてしまう。でも瞑想していると、リラックスしながらも目覚めた状態が保たれるので、失敗を未然に防ぐことができます。これなら疲れません。

瞑想している経営者の方がよくおっしゃいます。「最近、問題が大きくなる前に何かしらサインがやってくるので、それを未然に防ぐことができる。だから前のように、いろんなことに気を配って心配する必要がなくなり、すごく楽だ」と。

瞑想中に体験する純粋意識は「安らぎに満ちた機敏さ」の状態であると言われます。純粋意識を体験しているときには、安らいだ状態と機敏な状態という相反する状態が同時に維持されているのです。瞑想によってそうした状態が次第に定着していきますと、どんなに安らいでいても、機敏な状態でいられるようになります。

さて、質問をされた方のその答えは、とても深遠なものでした。

「油断大敵とは、比叡山延暦寺に 300年間、1日も絶やさず燃え続ける炎があるそうです。お坊さんが日々、菜種油を注ぎ続けているからだそうです。油を絶たないように!ということのようです。私は「油」とはTM相当するように思われました。人生に明かりを絶やさない為に。」

なるほど……「油断大敵」にそんな深い意味が含まれていたなんて驚きました。油を注いで内なる明かりを灯し続けることは、まさに瞑想そのものです。瞑想して純粋意識という目覚めた意識を保つことが「まだ来ぬ危険を避ける」一番の方法! もしこの内なる明かりが絶えてしまったら、人生真っ暗闇で右往左往することになります。この光を絶やさないように、毎日の規則的な瞑想がとても大切ですね。
2010.05.14 21:24 | 日々の日記 | トラックバック(0) | コメント(-) |
ツイッターを見ていると、マハリシの教えと相通じる「つぶやき」を目にすることがよくあります。いま日本で最も知性の高い人々が、ツイッター上で、競い合うように自分のアイデアを発信していますが、生き生きとした知性溢れる言葉に触れるのは楽しいことです。その言葉に刺激されて、私の中にも新しい発見や気づきが生まれます。そこで今日は、マハリシの言葉ではありませんが、日本のオピニオンリーダーたちのつぶやきを見て、感じたことを書いてみました。

「何十年か前に比べて、こんなにも生活が安定しているというのに、多くの人はさらに安定した生活を求めている。もはや安定への中毒だ。」

戦前・戦後の時代と比べると、今の時代ははるかに安定しています。しかし、昔と比べて、人々の心がより不安定になっているのは、文化・伝統という自然と調和して生きる生活スタイルが失われつつあるからではないでしょうか。文化・伝統が失われるとき、人々は自然と調和して生きることができなくなり、生命の基盤を失って、あらゆる変化に振り回されるようになります。

瞑想は、現代人が失いつつある自然とのつながり、自然と調和した暮らしを取り戻します。瞑想中に体験する純粋意識とは、私たちの生命を支える土台のようなものです。この安定した土台を得れば、どんな変化がやってきても、その流れにうまくのって、より大きな達成を得るようになります。

◇  ◇  ◇

「チャレンジとサポートの量は常に等しい。大きなチャレンジを受ける覚悟さえできれば、大きなサポートを受けられる。」

リスクをおかして新しいことにチャレンジすることが、自然からの支援を得る秘訣だ、ということですね。なんか勇気づけられます。

◇  ◇  ◇

「明日、自分の仕事があるかないか」は、「明日、自分の命があるかないか」に比べたら、はるかに軽い問題。けれども、日本も何十年か前は、後者の状況だった。」

昔と比べたら、今現代人が抱えている将来への不安なんて、小さなものですね。瞑想は人々を内面から強くします。そうすれば、小さな問題に心悩ませることなく、未来に大きな希望をもつことができるようになると思います。

◇  ◇  ◇

「人類の歴史上初めて、先進国に住む人には、好きなことを仕事にできる可能性がある。これには、本当に感謝。」

昔は、水くみ一つに何時間もかかっていた。今はそうした単純労働から解放されて、自分自身の能力を高めるために時間を使うことができます。それは現代社会に生まれてきた最大の恩恵ですね。

私の仕事は瞑想のコースを担当したり、TMのビデオを作ったり、ウェッブサイトの運営やメルマガの配信ですが、これは楽しい仕事です(仕事というよりほとんど趣味……)。好きなことを仕事にできるというのは、歴史的に見ても希なことなんですね。現代に生まれてきて本当によかった。

◇  ◇  ◇

「問題を解決すれば問題がなくなるというのは、幻想であり、その考え方こそが問題である。しかし、問題が見えなくなるくらい、自分を大きくすることはできる。」

「問題とは、その問題を解決することのできない無能力さから生じる」とマハリシも話しています。瞑想して、効率性や創造性が高まると、問題を解決できるようになるので、問題が問題でなくなります。疲れて視野が狭くなり、枠にとらわ始めると、そこにある答えが見えなくなるだけです。問題は私たちの頭の中だけにあるもの。「問題は実は存在していない」というのが、すべての問題への解答です。

◇  ◇  ◇

「弱者は許すことができない。許すことは強者の特性である。ガンジー」

瞑想すると自分や他人の過ちを許せるようになるのは、その人が強くなるからなんですね。純粋意識という至福意識を体験すると、寛容さが成長して、どんな自分でも許し受け入れることができるようになります。

◇  ◇  ◇

「本当のあなたの力は、あなたが大きな貢献をしようと思った時、大いなる知性があなたに与えてくれる。」

社会全体に役立つような偉大なことを行いたいと思うとき、強力な自然の支援が働くものです。常に大きな思いをもって行動したい。
2010.04.09 22:03 | 日々の日記 | トラックバック(0) | コメント(-) |
TMツイッターのなかで「超越して自らの生命の本質の中で満たされた時、探していた幸福の青い鳥が実は家にいると分かる」という小林恵美先生の言葉がありました。自分が探し求めていたものが、実はすでにそこにあった、と気づくことですが、これは私たちが求めている啓発の状態にも当てはまります。

啓発を探し求めることは、メガネをかけているのを忘れて、メガネを探し求めるようなものとマハリシは話しています。そして啓発に至る瞬間とは、はっとして「自分はメガネをかけていた」ことに気づくようなものだそうです。

「啓発の状態は、すでにここにある」。なぜ私たちは、すでにここにある啓発の状態に気づくことができなのでしょうか。その理由は、認識する能力(知覚能力)がまだ十分ではないからです。そこに存在していても、それを認識できなければ、その人にとっては存在しないも同然です。

超越瞑想を学んだ最初のときから、私たちはこの啓発の状態をかすかに垣間み始めます。そして、規則的に瞑想を続けていくことで、私たちの認識能力は次第に成長していき、すでにそこにある啓発の状態(幸福の青い鳥)をより多く認識できるようになるのです。そしてそれが完全に定着した状態、それが本当の啓発です。
2010.04.08 21:20 | 日々の日記 | トラックバック(0) | コメント(-) |
私たちはいつも目にしている物質的な世界は、相対的な世界です。大きなレベルから小さなレベルまで、様々なレベルがあります。より美しいもの、より美しいものがあり、またより醜いもの、より醜いものがあります。

そして、私たちが美しいものに目を向けるか、醜いものに目を向けるかは、私たち次第です。毎日の規則的なプログラムによって、私たちの知覚能力は成長していきます。知覚能力が成長するとは、対象のより美しい価値、より豊かな価値を認識できるようになっていくということです。つまり、世界は全く同じであっても、認識能力が高まることで、私たちが目にしている世界はより美しく、豊かなものになっていきます。

現在の日本は多くの問題を抱えており、この世界は苦しみに満ちてると思えるかもしれません。しかしそれは、国民の集合意識にストレスがたまっていて、社会の問題ばかりに注意が向いてしまうからでしょう。グループで瞑想して、社会全体のストレスを取り除いていけば、「日本には美しいところ、素晴らしいところがまだまだいっぱいある」と感じられるようになると思います。
2010.04.07 14:54 | 日々の日記 | トラックバック(0) | コメント(-) |
他の人のよい質を見ることで、相手だけでなく、自分や周りの環境の中にもその良い質が成長する、と昨日ブログで書きました。これは「リーダーシップの技術」というビデオの中で、マハリシが話していたことです。私たちが他の人のよい質を見るというたった一つの行為が、その質を何倍にも増やすことができる、ということでした。

そして、このビデオの中でマハリシはもう一つ大切なポイントを上げていました。それは、他の人のよくない質に注意をとりあげると、そのよくない質が私たちの心の中に入ってきてしまう、ということです。その結果、私たちは自分の心と体を汚すことになってしまいます。ですから、マハリシは「他の人の良いところを見ることは、自分自身のためでもある」と話しています。他の人のよくない側面に目を向けないことで、他の人の否定性から自分自身を守ることができるのです。

しかし「他の人のよいところ見よう」といくら意図しても、疲れてストレスがたまってくれば、ついつい物事の悪い側面の方に目が向いてしまうものです。ですから、まず第一に、毎日の規則的な瞑想によって、根深いストレスを取り除いていくことが大切です。そして、純粋意識という無限の至福が定着してくれば、その至福を通して、外側の世界をよりよく認識できるようになっていきます。やはり、何事も毎日のプログラムが基盤ですね。
2010.04.07 14:53 | 日々の日記 | トラックバック(0) | コメント(-) |
「神は自ら助くるものを助く」という聖書の言葉があります。マハリシも時々その言葉を使われていますが、確かに、自分にできることをしっかり行っている人は自然の支援が多い、というのは確かです。何もせずにただ自然の支援を待っている人には、なかなか自然の支援は訪れない……私はどちらかというと後者に近いです。

以前一緒に仕事をしていたI教師は、前者でした。ピッタ体質なので、何かを意図すると、それを実現するために自分にできることはすべて行います。その行動力はすごいものでした。他の人のためにも献身的に行動するので、そうした人には自然の支援は強力に働くものです。I教師を見ていると、周りの状況がいつもI教師の思い通りに動いていました。

でも、がんばりすぎて疲労困憊したり、忙しくてプログラムができなくなると、だんだんと自然の支援は減少してきます。そうすると、いくらがんばっても空回りして、達成が得られなくなる。やはり休息と活動のバランスが大切ですね。規則的にプログラムして十分に休息をとりながら、自分にできることを楽しみながら精一杯行うこと、それが大事だなと思います。
2010.04.06 21:21 | 日々の日記 | トラックバック(0) | コメント(-) |
若い頃、向上心が強くて、もっともっと良くなりたいと望んでいました。しかし私は意志がよわかったので、何をやっても長続きしません。ピアノ、テニス、語学など、いろんな習い事を始めましたが、何一つものにすることができませんでした。自分は意志が弱いから何事も続かないと思っていました。意志が強い人が羨ましくて、何とか意志を強くしたいと望んでいましたが、適いませんでした。

さて瞑想を始めてから、いろんなことがうまくいくようになったのですが、それは意志の力ではありませんでした。相変わらず私は意志が弱くて、自分を律して何かを行うのは苦手です。ただ瞑想してストレスが少なくなり、心と体のバランスが整ってきたので、考えや行動がよりよいものになってきた感じです。それは自分の意志とは無関係で、すべてが自動的でした。

昔の人は強かったから、自分の意志と努力でどんな事でも達成できたけど、現代人はそんなに強くないから、意志の力ではどうにもならないことが多い、そんな気がします。でも瞑想して、内側にある自然の力を利用することがきれば、たとえ意志が弱くても、すべてがもっと努力なく達成できるようになってくると思います。
2010.04.06 21:20 | 日々の日記 | トラックバック(0) | コメント(-) |
瞑想を始めたばかりの頃、教師や瞑想者の方が、何でも肯定的にとらえようとする発言に、少し違和感を感じていました。良くない事が起こったとき「きっといい事が起こっているのよ」と言われも、どうも納得できない。無理してそう思いこもうとしているのかな、なんて考えたりしました。

でもだんだんと、私も物事を肯定的にとらえる習慣がついてきて、無理してやっているわけじゃないことが分かってきました。物事をどうとらえるかは、私たちの心の状態に依存しています。疲れてストレスがたまってくると、物事の悪い側面ばかりに目がいきますし、よく休んで気分がよいときには、物事の良い側面の方に注意が向くものです。なので、瞑想してストレスがとれてくれば、自然に物事を肯定的にとらえるようになってくるというわけです。

「他の人のよい所を見ることで、その良い質がその人の中に成長し、同時に自分の中にも成長していきます。そして、それが言葉となって現れ、環境の中にも広がり、その良い質が何倍に増えていくのです。―マハリシ」 相手の良いところを見ると、その良い質が自分の中に成長し、反対に、悪いところを見ると、その悪い質が自分の中に増大してしまう……。そう考えると、自分自身のためにも、物事の良い側面に目を向けるということは、とても大切ですね。
2010.04.06 12:18 | 日々の日記 | トラックバック(0) | コメント(-) |
瞑想を始めたばかりの方、まだ若い方でも、とても純粋で、穏やかで、謙虚で、「この方は意識が高いな~」と思う人がよくいます。今は、そのような意識の高い人々がどんどん生まれてくる時代なのかもしれません。

日本の伝統的な習い事では、何年行っているかが重要で、先輩と後輩という関係があります。しかし、超越瞑想では長く行っているからその人は意識が高いということではありません。個人のレベルでは、長く実習すればするほどより成長していくことは確かです。しかし、10年間実習している人が、5年実習している人よりも意識が高いとはいえないのです。

ですから、瞑想を始めたばかりの人も、長年実習している人も、平等に、今この瞬間に啓発を得るチャンスがあるのです。

人それぞれ進化の度合は異なります。啓発直前の状態で生まれてくる人は、数年の瞑想で啓発するかもしれませんし、啓発までに何十年かかかる人もいるでしょう。その人が進化のどの地点にいるかを、行動や態度から判断することはできません。進化の度合は人と比べて優劣をつけるものではないように思います。

ですから、自分が進化のどの地点にいるかはあまり気にせずに、毎日規則的にプログラムを行い、自分の役割に専念して、前進し続けることです。進化のどの地点にいても、そこには生きる喜びがありますから、それを楽しみながら進んでいきましょう。
2010.04.05 21:21 | 日々の日記 | トラックバック(0) | コメント(-) |
先日、TMのツイッターで「やさしさに包まれたなら」の話題がでて、盛り上がりました。TM教師や昔からの瞑想者はユーミン世代が多いようです。音楽にうとい私は「やさしさに包まれたなら、きっと目に写る全てのことはメッセージ」というサビの部分しか覚えていない……。そこでインターネットで歌詞を調べてみたら、「うわ~、なんて素敵な歌だったんだろう!」って感激しました。

小さい頃は 神様がいて
不思議に夢を かなえてくれた
やさしい気持ちで 目覚めた朝は
大人になっても 奇蹟は起こるよ

小さな頃に「神様が願いを叶えてくれた」なんて思ったこと、私には一度もない……。でも瞑想を始めてからは、自分で何かを実現するというより、自然の力に助けられて物事が進んでいくと感じられるようになりました。

あるユダヤ人の人の体験談で「すべてが素晴らしいから、私は神を信じるようになりました」という言葉があったけど、私もその通りです。

「神様はいつも私たちの夢をかなえるために助けてくれている」。大人になった今、私もやっとそう思えるようになりました。それも瞑想のお陰です。
2010.04.01 22:28 | 日々の日記 | トラックバック(0) | コメント(-) |
いま、ツイッターでTMのことを毎日書いています。最近、TM教師のツイッター参加者も増えて、盛り上がり始めました。ネット上でみんなのTMの書き込みを見ていると、何だか幸せな気分になります。瞑想者が集まるとそれだけで至福が増してくるものですが、ネット上でみんなが集まることで、至福と調和が高まる感じがします。こんな感じでみんなで楽しみながら、マハリシのメッセージを伝えていけたらいいですね。ツイッターだと気楽に投稿できるので、誰でも簡単にTMについて書くことができます。ちょっとした一言が人々の心を打つということもありますし。瞑想者の至福のメッセージで、TMを日本全体に広げていきたいと思います。
2010.03.15 23:14 | 日々の日記 | トラックバック(0) | コメント(-) |
以前、瞑想者を対象にアンケート調査をしたことがあります。その中に「TMを始めてから、自然からの支援(幸運)が増したと思いますか?」という質問がありましたが、82%の人が「はい」と答えていました。

自然の支援としては、例えば、思いがけない偶然が重なって物事がスムーズに進むようになったとか、必要な情報が必要なときにやってくると報告する人が多かったです。電車やバスの待ち時間がずっと少なくなったという話もよく聞きますが、それは物事のタイミングがよくなっている印です。

あらゆる事物は個々別々に存在しているように見えますが、純粋意識においてはすべてが一つに繫がり合っています。ですから、瞑想して純粋意識の体験が深まってくると、あらゆるものが一つに繋がって、連動して動くようになってきます。例えば、会社には様々な部署がありますが、部署同士のつながりがないと、ある部署で人手が足りなくて、ある部署では人手があまっているということが起こります。しかしもし、部署同士の繫がりがうまくとれていれば、ある部署で人手が足りなければ、別の部署の人が助けに来てくれます。このように、瞑想して万物の基盤である純粋意識が活性化されると、私たちの周りの多種多様な領域が一つにつながりあって、連携しあうようになるのです。それが自然の支援と呼ばれる現象です。素晴らしいですね。
2010.03.14 23:20 | 日々の日記 | トラックバック(0) | コメント(-) |
瞑想を始めてから、あまり緊張することがなくなりました。例えば、人前で話しをするのも、以前だったら「他の人にどう思われるだろうか」と思って、ずいぶん緊張したものです。それが今では、さほど緊張することもなく、他の人の目も気にならずに、話をすることができるようになりました。

また昔は、知らない人と話すときに話題が続くかどうか心配で、少し緊張したものです。でも今では、話題が続かなくて間ができても気にならなくなりました。ずいぶん図太い性格になったと思います。なんで昔は、あんな些細なことで緊張していたのかなと不思議です。瞑想して内側の安定性が増したので、心が揺れ動くことが少なくなったのでしょうか。ありがたいことです。
2010.03.14 23:19 | 日々の日記 | トラックバック(0) | コメント(-) |
瞑想を始めてから、何気なく考えていたことが現実化したということが増えました。純粋意識のレベルから考えることができれば、想念は即座に実現されるとマハリシは話しています。ですので、規則的に瞑想し、純粋意識の体験が成長するにつれて、願望を実現する能力も高まってくるということです。

自分自身の体験を振り返っても、確かに瞑想を始めてから願望が実現しやすくなったという感じがします。例えば、ユートピア編集室で仕事をしていた頃、ある瞑想者の方から「お金も時間もないけど、いつかはシダーになりたい」という投稿がありました。それに対して「私もいつかTM教師になりたいと思っています。お金はまったくないけど自然の支援で必ず願望は実現されるはず!」なんてコメントを書いていました。そのときは、あまり深く考えず、ただ相手に合わせて気楽にコメントを書いただけでした。しかし、その翌年に特別な教師養成コースが開催されて、全くお金がないにも関わらず、自然の支援で教師になることができました。あのときは奇跡のようでしたね。自分の意志というより、自然の強力な力が働いて、TM教師になる方向へと私を押し流してくれたようでした。

他にも、ユートピアの仕事をしていた頃に、そのときの特集記事に合わせて、コンピュータでイラストを描いていました。その頃、マハリシ・ヴェーダ科学に関するマハリシの講義を紹介することがよくありましたが、それが非常に難解で全く理解できない。しかし、わからないからこそ、「この知識を理解したい。もし、この知識をイラストで図示できたら、それほど難しいことではないのではないか」と感じていました。そうしたら、オランダの教師養成コースを卒業した後、オランダの国際本部に残り、教材制作の仕事をすることになりました。その教材は、マハリシ・ヴェーダ科学に関するもので、ちょうど知識を図を使って表現するような仕事でもありました。

こんな感じで、瞑想していると、ふと思ったことが実現するようになってきます。これは本当に素晴らしいTMの効果です。
2010.03.14 23:18 | 日々の日記 | トラックバック(0) | コメント(-) |
混み合っている交差点で誰かとぶつかったとき、「どうもすみません」とお互いに謝り合うのは美しいことです。何か問題が起こったとき、先ず先に自分の非を謝ることで、お互いに気持ちよく問題を解決することができます。

「外国では、相手に謝ると、自分に非があることを認めるようなものだから、めったやたらに謝るべきではない」などと言われることもあります。しかし、そのような荒れた文化を私たちの国の文化に取り入れるべきではありません。お互いに謝り合うことはとても美しい文化です。まず自分の方から折れることで、私たちは自然からの支援(神様の祝福)を得るのです。
2010.03.13 13:53 | 日々の日記 | トラックバック(0) | コメント(-) |
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