瞑想の効果を実感してみて下さい。

超越瞑想(TM)の方法や効果について詳しくご紹介します。

静寂のひととき……TM瞑想

瞑想で脳の潜在力を開発!

問題を抱える子供達を救うために
ビートルズがチャリティーコンサートに参加


2009年4月、デイヴィッド・リンチ監督が中心となって「100万人の子供たちに超越瞑想を教えて、子供たちの深刻な問題を解決しよう!」という世界的なキャンペーンが行われました。それに賛同して、元ビートルズのポール・マッカートニーとリンゴ・スター、ビーチボーイズのマイク・ラブ、ドノヴァンが、チャリティーコンサートに参加。そのとき集まったお金で、15万人以上の学生が超越瞑想を学んでいます。

■コンサートのビデオ



■瞑想が子供達の問題を解決する




■コンサート前のインタビュー




■コンサート前日の記者会見

コンサートの前日に行われた記者会見では、超越瞑想を行っているミュージシャンや著名人が集まり、このコンサートを支援する理由について、それぞれの思いを語りました。そのときのポール・マッカートニーとリンゴ・スターのスピーチです。



リンゴ・スター
あり­がとうございます。デイヴィッドが「私は瞑想者です」と言うのを僕は気に入っています。何を話すか原稿はないんだけど...君は? ポール:僕もだよ。リンゴ:最後にマハリシと一緒に過ごしたのは、40年以上前、リシ­ケシでのことでした。その前にもマハリシと会っていました。その数ヶ月前に、ウェール­ズで会いました。それ以来、時々、あるときは頻繁に、あるときはわずかに瞑想してきま­した。マハリシが私にくれた贈り物は、マントラです。マントラは瞑想のときに使う言葉­で、私からそれを奪うことは誰もできませんでした。それは、これまでもらった贈り物の­中でも、最も貴重なものの一つです。

僕たちは一緒にインドに行きました。同じタクシーに乗ってね。僕達が渡ったあの橋を憶­えているかい? インドでのことです。ガンジス川を渡っていくと、お金の入った小さな壷を持ったたくさ­んの人達が橋の上に座っていました。私には理解できませんでした。彼らは皆、ハンセン­氏病で、指や鼻がありませんでした。皆さんも、インドに行くと、そこが未知の国だと感­じるでしょう。そこはフランスやデンマークとは全く違っていました。......後は­、君に話してもらおう。ありがとうございます。

ポール・マッカートニー
もう私が話すことはないように思えますが、もうみんな言われ­てしまったので......。冗談はさておき、超越瞑想は、マハリシが私達に与えてくれた素晴らしい贈り物です。クレイジーな60年代の終わりに、心を安定させる何かを探し求めていた時に、私は瞑想に出会いました。それは一生使える贈り物でした。必要なときにいつでも使うことができる、とても素晴らしい贈り物でした。

また、学校で子供達に瞑想を教えるというディヴィッド・リンチが行っている活動は、とても素晴らしいと思います。そうした活動がなければ、子供達が瞑想を体験することはないでしょう。実際に、その活動は大きな流れとなっています。人々はその活動を見て、「デトロイトやブラジルの学校で行われているものですね」と言って、その効果を知ることができます。そうした活動に行っているディヴィッドに感謝します。ありがとう。
2012.02.06 23:07 | TMニュース | トラックバック(0) | コメント(-) |


ドノヴァン
スコットランドのミュージシャン

皆さんご存知のように、学校は荒れています。先生達には助けが必要で、アメリカの若者達は様々な問題を抱えています。デヴィッド・リンチ監督は、超越瞑想の効果を知っています。現在、千人以上もの子供達が、すでに超越瞑想を学び、自己の尊厳を高め、健康になっています。問題の多かった学校に劇的な変化が起こっています。デイヴィッド・リンチは財団を作りましたが、そのとき彼から「一緒に音楽活動をしながら世界を回ろう」と誘われました。デイヴィッドと私と妻のリンダは、ここアメリカに到着しました。それはちょうど、アメリカに新しい大統領が誕生した時であり、彼は学校の問題をきちんと認識しています。

彼はその解決策を求めています。私達はそれを実現するために、ここニューヨークにいるのです。超越瞑想が学校教育に生み出す効果は、科学的に実証されています。超越瞑想は、学生の全ての潜在力を自然に開花させます。明日の夜、百万人の学生がウェブサイトを見て、TMを始めることになるでしょう。

41年前、私達はインドに行きました。マハリシの本に『瞑想は成就を得るための方法である』と書かれていましたが、それが事実かどうかを確かめるためにです。私達はそれが本当であることを知り、その良い知らせを曲にして、歌ったのです。それは「変化は内側から始まる」という非常にシンプルなメッセージでした。
2012.02.05 23:13 | TMニュース | トラックバック(0) | コメント(-) |


ポール・ホーン
ジャズ・フルート奏者

私は1966年に瞑想を始めました。そして、アメリカで最初の12名の教師の一人になりました。UCLAとバークレーで最初にTMに興味を持った学生の一人でもありました。TMに夢中になったので、音楽をやる時間もなかった程です。1週間に7日間、休みなくTMを教えていまいた。バークレーにも行ったり来たりして、TMを教えていました。あの頃は、ずっとそんな事をしていましたが、私の人生で最も幸せなときでした。TMは私の人生にとって重要なものとなり、あらゆる面で私の人生を支えてくれました。

その2年後にインドに行ったとき、今このステージにいる素晴らしいメンバーと出会い、それもまた私の人生を変えました。ある日、私はタージマハールを訪れ、フルートを吹きました。それまでアルバムを作ろうと思ったことはありませんでしたが、そのとき全てが変わりました。

私の人生は、あらゆる面で瞑想の影響を受けています。その原理はシンプルです。内側には静けさがあり、全てはその静けさから始まります。音は音の無い所から始まり、行動は行動の無い所から始まります。日常生活で効率的でありたければ、その静けさのレベルから行動すれば良いのです。それが、ディヴィッド・リンチが、子供達に教えていることです。それは知的に理解するものではなく、実際に体験することです。体験することが重要です。

そのことをいくら説明しても、実際の体験を与えることは出来ません。そうした説明は、何の意味もありません。12~3歳の都会の子供達が、内面の静けさを体験することで、あまり怒りを感じなくなったり、大変困難な状況を乗り越えています。そうしたTMの効果は科学的に実証されています。そのために40年かかりました。40年は長いようで、短いものです。40年かけて人々が理解したことは、TMは宗教ではなく、哲学でもないということです。人生をどう生きるべきか教えるものでもありません。ただ、こう言うだけです。「内側にある静けさを体験してから、1日を始めなさい。そうすれば、変化は自然に起こります」。ディヴィッド・リンチ監督が行っていることは、驚くべきことです。世界が求めているのは、境界線がなくなることです。世界中のどこでも子供達がもっと子供らしくなり、より良い世界が生み出されるでしょう。
2012.02.04 23:13 | TMニュース | トラックバック(0) | コメント(-) |


マイク・ラブ
ビーチボーイズのリードボーカル

1967年12月に、私達はパリで、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーからTMを学びました。ニューヨークのプラザホテルで、ビーチ・ボーイズ全員が来て、マハリシの足元に座りました。その写真はリンダというカメラマンが取りました。大変有名な写真です。そして、マハリシがハーバードの裁判所で話をするというので、ボストンにも行きました。そこで私は大変心を打たれました。舞台の上にマハリシが現れて、立ち止まり、また歩いて、立ち止まりました。3歩目を踏み出すと、全ての人が立ち上がってマハリシを迎えました。ハーバードの裁判所とは、非常に知的で、批判的な人々が集まる場所です。そのような場所で、静かなスタンディング・オベーションが起こったのです。私はスタンディング・オベーションには慣れていましたが、この静けさの中でのスタンディング・オベーションに、私は涙しました。それは、私の心を打ちました。

それで、私はインドについて聞こうと思い、マハリシに電話しました。「あなたはインドに来ますか?」と聞かれたので、「ええ、他のメンバーが行かなくても、私は行きます」と答えました。それで今ここにいる素晴らしいメンバーと出会ったのです。あらゆる意味で、それは人生で最も魅力的な時間でした。誕生日には、皆が「ハッピーバースデイ、マイケル・ラヴ」と歌ってくれました。とても楽しい思い出です。また朝食の時に、ポール・マッカートニーがアコースティックのギターをもって来て、「聞いてくれよ。マイク。“マイアミから飛んできたんだ”」と言いました。私達は楽しく喋り、影響しあいました。しかし、それ以上に、私にとって魅力的だったことは、マハリシが世界平和と啓発の時代について語ったことでした。ディヴィッド・リンチ財団は、百万人の子供達に瞑想を教えようとしていますが、それは今がまさに啓発の時代であることを示していると思います。そしてそれは、世界平和に向けての百万歩の歩みとなるでしょう。
2012.02.03 23:19 | TMニュース | トラックバック(0) | コメント(-) |


モービー
アメリカのミュージシャン

皆さん、こんにちは。知らない瞑想者の集まりにいるような感じなので、自己紹介させていただきます。私の名前はモービーで、瞑想者です。ごく最近、TMを習ったばかりです。両親がヒッピーだったので、正直言うと、TMやヒッピーに関するものは何でも恐れを感じていました。私が育った頃、TMとは冨や物質主義を放棄するものだと思っていましたが、最終的にTMを習って、とても印象的だったのは、そのシンプルさです。それは、理想主義ではなく、教義的でもありませんでした。心を落ち着かせるシンプルな実習だったのです。

私は精神的なことが好きだったので、これまでにも色々な瞑想法を試してみましたが、TMの一番の魅力的は、その効率性です。これほど心が静かになり、自分の中心が穏やかになる瞑想法は、他にはありませんでした。なぜTMが効率的かというと、実際、ほとんど何もしなくいいからです。それは怠け者の私にとって、大変ありがたいことです。このイベントに参加することができて、とても光栄に思います。
2012.02.03 23:16 | TMニュース | トラックバック(0) | コメント(-) |
20090328195623.jpeg
月刊誌クーリエジャポン(2011年8月号)の特集「危機に勝つ人はこう考える、世界に学ぶリーダーの条件」の中で、超越瞑想を40年以上実践しているレイ・ダリオ氏の記事が掲載されました。彼は、リーマン・ショックをあらかじめ予測し、大きな損失を免れた世界最大の投資会社の社長です。その記事の一部と、超越瞑想について語ったレイ・ダリオ氏のビデオをご紹介いたします。

■月刊誌クーリエジャポン(2011年8月号)
「世界最大のヘッジファンドが貫く風変わりな人生とビジネスの原則」

0203.jpegCourier1.jpeg

リーマン・ショックをあらかじめ予測し大きな損失を免れた、投資会社のブリッジウォーター。同社のCEO,レイ・ダリオが社員に説くのは、「金の儲け方」ではなく「正しく生きよう」という精神論だ。

「超越瞑想(TM)」を長年続けてきたダリオは、瞑想中にひらめいた自己実現の方法をブリッジウオーターの企業文化として浸透させてきた。TMのスポークスマン的存在である映画監督のデヴィッド・リンチを招き、社員向けにTMセミナーを開いたこともあるほどだ。

ダリオが初めて投資を試みたのは12歳のときだった。バイトで稼いだ300ドルでノースイースト航空の株を買ったのだ。その数年後、同社がデルタ航空と合併されたことによって、5ドルの株価は3倍になった。その後、ダリオはラグビーチームの仲間と2人でブリッジウオーターを設立した。会社設立後すぐに、数百万ドル単位で資金を運用している大手年金基金を顧客にすることができ、顧客を増やしていく過程でダリオは、独自の投資理論を展開していた。

彼は世界経済を、情勢の変化のなかで一定のサイクルを繰り返している巨大なマシンとして捉えた。そして、そのパターンとその変化の引き金となる小さな事象から、景気の波を予測するコンピュータシステムを構築した。2006年、ブリッジウオーターのコンピュータは米国経済が「国家破産」に突入しつつあるという分析結果を出した。ブリッジウオーターのトレーダーは、このままでは危ないと思われる投資の案件を識別していった。そして、2008年春にリーマン・ブラザーズやベア・スターンズなどの投資から手を引くという決断を下した。それは、ベア・スターンズが破産する前の週のことだった。ダリオをあざ笑ってきた経済批評家も、投資家としての彼の能力を認めざるを得なくなった。

ダリオは社員管理にも経済のように、一定のパターンを当てはめることができると考えている。それを文書化した社内ルールが「原則」だ。ダリオの「原則」はただのマニュアルではない。本の前半の「私の最も基本的な人生の原則」という部分では、彼が「自分自身を段階的に進化」させた経験が書かれており、まるで自伝のようだ。ここにはお金を儲ける方法ではなく、会社のルールに従うことの重要さ、失敗から学ぶこと、目的を達成するといった精神論が書かれている。このような「正しく生きていれば何が起きても大丈夫」という精神こそが、ブリッジウオーターの"社内ルール"なのだ。

■超越瞑想について語るレイ・ダリオ氏のインタビュー
2011.12.25 21:22 | TMニュース | トラックバック(0) | コメント(-) |
どのようにして彼はビートルズを変えたのか
ジェニー・ボール、ハッフィントン新聞

George-Harrison.jpegマーティン・スコセッシ監督の素晴らしいドキュメンタリー映画「リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド」が、2011年10月に上映された。試写会の会場の一つとして、スコセッシ監督とオリヴィア・ハリスンはアイオワの小さな町を選んだが、その劇場は500人の瞑想者で占められていた。それはなぜか。

アイオワ州フェアフィールドで行われた、この瞑想者だけの試写会は、退役軍人、スラム街の子供達、ホームレス、囚人に超越瞑想を教えているディヴィッド・リンチ財団を支援するために行われた。

フェアフィールドは、進歩的な考えや企業化精神をもち、持続可能性(環境を破壊しない資源利用)を目指す人々が集まる中部アメリカのオアシスだ。またハイテク企業が集中しているために、「トウモロコシ地帯のシリコンバレー」とも呼ばれている。この町には2000人以上の瞑想者が住むコミュニティがあり、ビートルズに瞑想を教えたマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーの大学もある。

ジョージ・ハリスンは、様々な精神的手法を探求してきたが、長年にわたって一貫して続けてきたのは、マハリシから学んだ瞑想法だった。彼は一生涯、その瞑想を続けてきた。

スコセッシ監督とハリスンとのつながりは、二人とも音楽を愛していたことと、もう一つはスコセッシ監督もまた瞑想者であることだ。

2010年にニューヨークで行われたディヴィッド・リンチ財団主催のチャリティコンサートで、スコセッシ監督は次のように述べた。「ディヴィッド・リンチ財団が瞑想を通じて、子供達や退役軍人などトラウマ性ストレスを克服したいと望む人々を助けようとしていることに、支援と励ましを送りたかった。」

そして、スコセッシ監督は彼自身の人生で経験した瞑想の効果を次のように語った。「簡単に言えば、心の落ち着き、明瞭さ、バランス、気づきを得たことだろう。それは効果があるものだ。」

ビートルズと瞑想との出会い

1967年、ジョージの最初の妻であるパティ・ボイドは、ロンドンで超越瞑想を学んだ。それは、ジョージがビートルズのメンバーとツアーに出かけていて留守のときだった。「瞑想の効果の素晴らしさを知って、私は瞑想に夢中になった」と彼女は語っていた。「瞑想の効果は蓄積されていくもので、それは私の人生を変えるようなものだった。そのことをジョージに伝えたくて、待ちきれなかった。」

ビートルズファンなら、その後に何が起こったのかご存じだろう。ロンドンに戻ってきたビートルズは、パティの強い勧めで、マハリシの講義に参加した。そして瞑想を学んですぐに、彼らはインドのリシケシにあるマハリシのアカデミーへと旅だった。そこで彼らは、瞑想と講義の空き時間にたくさんの曲を作ったが、そのいくつかは彼らが作った曲の中で最も絶賛を受けている。

今なお、大半のビートルズファンは、リシケシで何が起こったのか、その本当の話を知らない。そして、ビートルズのメンバーたちが、彼らの人生と音楽に大きな影響を与えた瞑想を、その後も続けてきたことを知る人は少ない。

マハリシとビートルズ:本当は何が起こったのか?

george-harrison-meditation_b_991876.jpeg
ジョージの超越の側面

超越とは、瞑想中に得られる体験であり、心が思考を超越して、純粋な意識を体験することだ。そうした超越の体験を表現した歌詞が、ハリスンの曲の中に現れてきた。それがはっきりとわかる曲が、「内側の光」である。

「窓から外を見なくても、あなたは天国への道を知ることができる」

それはちょうど、ジョージが若い頃に作っていた「男が女を好きになる」という曲(アイ・ニード・ユー、ユー・ライク・ミー・トゥ・マッチ)から抜け出し、彼の曲は精神性への熱望と目ざめのバラードとなった( オール・シングス・マスト・パス、レット・イット・ロール、マイ・スウィート・ロード)。

スコセッシ監督の映画は、ハリスンの内面の探求を浮き彫りにしつつ、世界的な名声と物質的な成功を得ながらも、真の人生を生きたいと願う、彼の葛藤を率直に扱っている。ハリスンが精神と物質の間にあるものをとらえていたことをスコセッシ監督は映画の中で示している。ジョージが、彼の1973年のアルバム「リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド」のテーマソングの中で、彼自身を描き出したように。

喧騒のまっただ中で安定性を保つために
ハリスンはいつも瞑想に戻っていった

「私はまだ超越瞑想を行っている」と後年、ジョージは語っていた。「私たちビートルズがマハリシに会うことができたのは本当によいことだった。あれ以来、私の体はずっとマハリシから離れていたが、私の心は決してマハリシから離れたことはない。」

1990年代に、ジョージはオランダにある超越瞑想の国際キャンパスで、マハリシと再会した。その後すぐに、ハリスンはロンドンで超越瞑想を支援するチャリティーコンサートを行った。それが彼にとっては最後のコンサートとなった。

瞑想とのつながりは生き続けている

2009年4月、ポール・マッカートニーとリンゴ・スターは、ニューヨークのラジオシティ音楽ホールで、チャリティーコンサートを行った。それは、超越瞑想を100万人の子供達に教えるためのコンサートだ。そのコンサートで最も感動的な瞬間は、ステージの上の巨大なスクリーンに、リシケシでのジョージの写真が映し出され、ポールとリンゴがジョージに敬意を表したときだった。ポールとリンゴが一緒にコンサートを行うのは、2002年にジョージのためにコンサートを行って以来、初めてのことだった。

「超越瞑想を学校に導入しようという考えは、本当に素晴らしいと思う」とマッカートニーは言う。「ディビッド・リンチ財団の活動を多くの人々に知らしめることで、デトロイトの学校が超越瞑想を採用し、これほど効果が現れていると話すことができる。そうすれば瞑想の効果について、あれこれ説明する必要がなくなるだろう。」

オノヨーコも、そのコンサートに出席していた。彼女は2008年3月のローリング・ストーン・マガジンで、「ジョンがもしこの会場にいたら、マハリシが世界に対して行ったことを認めて、それに感謝するだろう」と語った。

物質的な世界における精神的な町

「この町の多くの人が、ジョージ・ハリスンに親近感を感じている」と、試写会に参加したフェアフィールド市長のエド・マロウ氏(オイルブローカー)は言う。ジョージが歌で表現していたより深い生命の目的や超越の体験は、私たち瞑想者がいつも慣れ親しんでいる、現実の体験です。

会計士であるマーガレット・コステロは、すべての人が瞑想していて、有機食品を好み、持続可能性(環境を破壊しない資源利用)を目指すコミュニティーで暮らしたいと思い、フェアフィールドに移り住んだ。映画の後、涙で目を潤ませた彼女が、「十代の頃、ジョージのアルバムを買って、「マテリアル・ワールド:物質的な世界」を聴き、私は決して物質主義に打ち負かされないぞと固く決意したのを覚えている。彼の音楽には本当に心打たれた。」と語っていた。

ディビッド・リンチ監督が初めてフェアフィールドを訪れたとき、瞑想している学生達の創造性、活気、統合性に感銘を受けた。それをきっかけにして、彼は超越瞑想を世界中の学校の子供達に教えるための財団を設立したのだ。

この町では、瞑想は現実から逃避するためのものではなく、学生の創造性と明晰さを高めて、よりよい仕事につくための方法として用いられている。そして静かなビートルが残した曲は、いまなお「静寂の時間」と呼ばれる瞑想プログラムを支援し、励まし続けている。

「すべての人が何かを探し求めているが、それをどこかに見つけ出そうとする必要はない。なぜなら、それは自分自身の内側にあるのだから。―ジョージ・ハリスン、1974年のロサンジェルスでの記者会見」

2011.12.18 15:16 | TMニュース | トラックバック(0) | コメント(-) |
vzgd52.jpeg
12月7日、Dr. Oz Show(ドクター・オズ・ショー)で、オプラ・ウィンフリーのインタビューが放映され、その中でオプラは、「The Oprah Show(人気の長寿番組)」を終了した後の生活について語った。超越瞑想を学んで大きな影響を受けたことや、さらに彼女の会社の400人の従業員が瞑想を始めて、よい効果が現れていると言う。

そして、彼女は、アイオワ州フェアフィールドにあるマハリシ経営大学を訪問したときのことを語った。マハリシ経営大学は、精神的な指導者であり、ヴェーダの賢人マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーによって設立された大学だ。

ウィンフリーは言う。
「私の人生にとって、今この時期に、すべての事柄が神に近づいているのを感じます。十分な精神的な中心点をもたずに、私は宗教について話したりはしません。私たち自身の源である満たされた状態を知ることなしに、その人の運命の最高の瞬間を実現することはできないのです。」

「私にとって、人生のこの時期に、自分よりも偉大なものとつながることは最も重要なことです。それがいま私が行っていることです。」

2012年1月に、ウィンフリーは、彼女の最新シリーズ「Next Chapter(次の章)」の番組を開始する。その番組の中で、彼女は「TMの町」を訪れたときのことを紹介する予定だ。「TMの町」とは、アイオワ州フェアフィールドにある人口9500人の町で、そのうちの1/3が瞑想している。

「フェアフィールドでは、夕方の5時30分に交通渋滞があります。母親、医師、歯科医、弁護士、エンジニア、店員たちがみなドームに行くからです。あなたや私のようなアイオワの人たちが、ドームに行ってみんなで一緒に瞑想するのです。」

「新しい番組の準備のために、私はハルポ・スタジオに超越瞑想を導入することにしました。そしてチームのメンバーと一緒に瞑想を学んだのです。」

「最初は7人で瞑想を始めました。次に、その7人が70人になって、その後で270人がTM(超越瞑想)を学びました。今では、会社の全員が瞑想しています。朝9時と午後4時30分に、どのような仕事があっても、私たちはそれを止めて瞑想します。

瞑想によって、自分自身を静めて、中心に立ち返り、自分よりも重要なものを認識するのです。それは、私たちが行っている仕事よりも重要なことです。それによって一種のエネルギーというか、これまで体験したことのないような強力なエネルギーがわいてきます。

いま私たちの会社に起こっていることを、皆さんは想像もつかないでしょうね。ある人は偏頭痛がなくなったと言い、よく眠れるようになったと言う人もいます。社内の人間関係もよくなって、お互いによい影響を与え合っています。それは非常に素晴らしいことです。

私はこの瞑想を毎日続けたいと思っています。瞑想することで、1000%よくなるからです。自分自身よりももっと偉大なものへと立ち返ることで、1000%よくなります。」と彼女は付け加えた。



Oprah  RRC2
2011.12.13 22:06 | TMニュース | トラックバック(0) | コメント(-) |


ラッセル・シモンズ
ヒップホップ音楽のプロデューサー、実業家

私は瞑想者です。私は毎日、瞑想してからその日の活動を始めています。瞑想は私に、ストレスに満ちた社会で働くための力を与えてくれます。瞑想して、その静けさから活動すると、すべてが簡単に行えます。とてもシンプルで、楽です。私の子供達も瞑想者です。瞑想は子供達の人生をも変えました。ですから、私の子供に与えたこの贈り物を、全ての子供達にも与えたいのです。私は、学校に美術品を広めるために働いています。ほとんどの市、州、連邦政府は、学校に美術品を置くべきだと考えていますが、高額なので、美術品を買う予算が出ません。

「創造性を養う」というのは、教育にとって最も重要なことです。子供達が自分の内側にあるものを養わなければ、学校は刑務所のような場所になってしまうでしょう。この瞑想法を学ぶ費用は、美術品を購入するよりもはるかに安く、素晴らしい効果をもたらします。そうしたTMの効果は、数多くの研究によって実証されています。

瞑想を行う「静寂の時間」を学校教育に導入することで、最悪な学校が最も良い学校に変わります。実際に、そのような素晴らしい実例がいくつもあります。これは多くの著名人やスター達の支援によって成し遂げられました。そうした支援によって百万人の子供達が瞑想を学び、瞑想が世界に広まることでしょう。瞑想によって育まれる内面の強さは、心の奥底の強さであり、いま世界が最も必要としているものです。それを支援することは、私にとって大きな喜びです。(2008年4月ニューヨークで行われたTM瞑想チャリティーコンサートの記者会見より)
2011.03.04 15:21 | TMニュース | トラックバック(0) | コメント(-) |
00em-david.jpg

2005年に、映画監督として著名なデビッド・リンチ氏が、ジョン・ヘーゲリン博士とともに、東海岸と西海岸地域の大学をまわって講演活動を行いました。訪問した13の大学すべてで会場は満席となり、15,000人以上の学生が「意識、創造性、脳」というテーマの講演を視聴しました。どの大学でも満席のために数百人の学生たちが入場できないほどでした。超越瞑想によって創造性を高め、世界平和を実現するというツアーのメッセージに対して、学生たちは絶大な熱意で応えました。

西海岸ツアーで講演が行われたのは、南カリフォルニア大学、カリフォルニア大学のサンディエゴ校、アービン校、バークレー校、ワシントン大学、およびオレゴン大学です。東海岸ツアーで講演が行われたのは、ミシガン大学、ペンシルバニア大学、アメリカン大学、ニューヨーク大学、エール大学、エマーソン大学、およびブラウン大学です。各大学での講演会では、リンチ監督が、自分自身で体験してきた超越瞑想の素晴らしさについて語っていました。

次のビデオには、ボストンのエマーソン大学で行われた講演会の模様が収録されています。



リンチ監督は他にも、12の主要な大学を訪問しました。そのときの講演会の模様を、写真を通じてご紹介いたします。

2005年9月28日 ペンシルベニア大学での講演会
01up-aud2.jpg

02up-aud.jpg
会場には800人の学生が集まり、熱心にデヴィッド・リンチ監督の話を聞いています。満席のため600人以上の学生が会場の外で、スピーカーから流れる講演を聞いていました。


2005年9月30日 エール大学での講演会
03y-johndavid.jpg

04y-david.jpg
デヴィッド・リンチ監督が1250名のエール大学の学生たちに、超越瞑想と世界平和に関する彼の思いを語っています。


2005年10月1日 ボストンにあるエマーソン大学での講演会
05em-david-aud.jpg

06em-fred.jpg
エマーソン大学では1185名の学生が集まりました。講演会では、瞑想中の脳波を測定する公開実験が行われました。最初は目を開けた状態で脳波を計り、次に目を閉じて瞑想しているときの脳波を計ります。この実験によって、超越瞑想中に脳波の同調が増大することが示されました。


2005年10月2日 ロードアイランド州のブラウン大学での講演会
07br-david-aud.jpg

08br-aud3.jpg
デヴィッド・リンチ監督が、650名の学生に学校教育にもたらす超越瞑想の恩恵について語っています。満席のため180名の学生が別室で講演のライブビデオを見ることになり、700名以上の学生が会場の外で席が空くのを待っていました。


2005年11月3日 南カリフォルニア大学での講演会
09usc7.jpg

10usc4.jpg
「意識、創造性、脳」というテーマの講演会に、広々とした会場が学生でいっぱいになりました。

2005年11月4日 カリフォルニア大学サンディエゴ校での講演会
11ucsd2.jpg

12ucsd4.jpg
デヴィッド・リンチ監督、ジョン・ヘーゲリン博士、フレッド・トラヴィス博士の講演を聴くために、1000人以上もの人が集まりました。講演の後で、大学の学部長の一人が「この講演会は、人間がもつ全潜在力を開発し、平和な世界を生み出すために必要な知識と方法を学生たちに与えてくれた」と語っていました。


2005年11月5日 カリフォルニア大学アービン校での講演会
13uci3.jpg
学生たちがデヴィッド・リンチ監督に質問するために並んでいます。学生だけでなく、大学の学長や学部長たちもこの講演会に参加しました。デヴィッド・リンチ監督が、学生たちに意識を高める方法についての深遠な知識を語っています。

14uci2.jpg
インターネットによる生放送を通じて、ポートランド州大学の400人の学生にもこの講演会の模様が放映されました。


2005年11月6日 カリフォルニア大学バークレイ校での講演会
15ucb2.jpg

16ucb1.jpg
750名の学生で会場はいっぱいとなりました。デヴィッド・リンチ監督は、超越瞑想によってすべての学生の内なる創造的才能を開花させることができると説明し、生命の本質に関する深遠な質問にも答えていました。


2005年11月7日 ワシントン大学での講演会 
17uw4.jpg

18uw1.jpg
デイヴィッド・リンチ監督は、世界平和を生み出すために、超越瞑想というストレスを解消するテクニックを実践するよう呼びかけました。「瞑想中に体験する純粋意識は、創造性、知性、愛、調和、力、エネルギーの海であり、それはすべての人の内側にあります。誰もがその海へと潜っていって、創造性、知性、エネルギーを引き出すことができます。」と話しました。


2005年11月8日 オレゴン大学での講演会
19uco2.jpg

20uco1.jpg
全米ツアーの最後の講演会は、オレゴン大学で行われました。700名の学生で会場は満席となり、他にも700名以上の学生がビデオ会議システムを通じて隣の会場で講演を聞きました。

この全米ツアーは大成功を収め、新聞や雑誌、テレビなどで超越瞑想や意識に基づく教育に関するニュースが数多く報道され、人々の注目を集めました。

2011.02.02 23:01 | TMニュース | トラックバック(0) | コメント(-) |
超越瞑想を取り入れた
アリゾナ州の美術学校


Arizona-schools-1.jpgデイヴィッド・リンチ財団の支援により、過去5年間に、世界中で350以上の学校が、カリキュラムの一環として静寂の時間(超越瞑想)プログラムを取り入れています。デイヴィッド・リンチ監督は、学生たちが学校で超越瞑想を学ぶことができるように財団を設立しました。超越瞑想は、学生のストレスを解消し、学業成績を上げる助けとなりますが、他にも、学生の創造性や知性を高める効果があります。

アリゾナ州トゥーソンにある美術学校は、アメリカで静寂の時間プログラムを最初に取り入れた学校の一つです。プログラム管理者のケティー・サムソン教師は、超越瞑想が落ち着きのない学生達の心を静めるのに役立つだろうと考えました。「この学校は、右脳で考える視覚芸術を専攻している学生が多く、もう少し落ち着きが必要だったからです」とサムソン教師は話しています。「学生達にとって、これは大変良い機会だと思いました。超越瞑想は学生達の創造性を引き出し、彼らの美術作品にも良い影響があるからです。」次のビデオの中で、アリゾナの美術学校の学生や教師、学校の管理者たちが、超越瞑想の体験について語っていますので、ぜひご覧ください。


美術学校の学生である17歳のアリスは、「瞑想の後は、自分の絵の善し悪しをはっきりとらえることができる」と語っています。また16歳のジョナサンは、「瞑想によって創造性が高まった」と話しています。

もう一校、アリゾナのタクソン高等学校でも、静寂の時間プログラムを採用し、素晴らしい効果を上げています。タクソン高等学校の体育部長は、次のように語っています。「子供達は一日中、騒音にさらされています。アイポットやビデオゲーム、テレビなどを通してです。私は、子供達が毎日わずかな時間でも騒音から離れて、自分自身に注意を向けることが必要だと感じています。TMがそうさせてくれます。」

超越瞑想を取り入れたことで、学生達の望ましくない振る舞いが減少したことを学校の管理者たちは喜んでいます。こうした効果は、最近「Health and Quality of Life」誌に掲載された研究結果によって確証されています。その研究によれば、瞑想する学生は、無断欠席、停学、違反行為の減少が見られることが明らかになっています。

David-Lynch-catching-the-big-fish.jpgデイヴィッド・リンチ監督は、彼の著書『大きな魚を捕まえろ』の中で、創造性を高めるTMの効果について次のように解説しています。「アイデアとは魚のようなものです。もし小さな魚を捕まえようとすれば、あなたは水面の浅いレベルにとどまってしまうでしょう。しかし、大きな魚を捕まえたいと思ったなら、もっと深くに潜っていくことになります。深く潜っていくと、魚はもっと強力に、もっと純粋になります。それらは巨大であり、抽象的ですが、非常に素晴らしいものです。すべてのものが、その最も深いレベルから現れてきます。現代物理学は、そのレベルを統一場と呼んでいます。超越瞑想によって意識がもっと拡大すれば、この源へと向かって、もっと深く潜っていくことができ、もっと大きな魚を捕らえることができるのです。」
2011.02.02 22:11 | TMニュース | トラックバック(0) | コメント(-) |
デイヴィッド・リンチ監督が
ポール・マッカートニーにインタビューする


david-lynch-paul-mccartney-ringo-starr11.jpg2009年4月4日、ニューヨークのラジオ・シティ・ホールで行われたTMのチャリティーコンサートに、元ビートルズのポール・マッカートニーが出演した。このコンサートのテーマは「変化は内側から始まる」というもの。ポール・マッカートニーは、昔のバンドメイトのリンゴ・スターや、ドノバン、エディ・ヴェダー、シェリル・クロウ、ベンハーパー、モービーなど一流のミュージシャンと共にステージに立った。6千人の熱狂的な音楽ファンと、超越瞑想を支援する人々が集まったこのビックイベントは、「一生で最高の音楽イベント」と新聞で報道された。

賑やかなコンサートが始まる前、デイヴィッド・リンチ監督はカメラの前に座って、ポール・マッカートニーと静かに話をした。ポールは40年以上、超越瞑想を実践していることや、マハリシとの出会い、いかにマハリシとTMが自分の人生に影響を与えたかについて率直に語った。ポールがその当時のことを話したのは、数十年間で初めてのことだった。それはちょうど彼らの音楽が、まさに世界の音楽、文化、未来を変えた時代だった。

そのインタビューの中で、デイヴィッド・リンチ監督はポールに「瞑想という言葉を初めて聞いたとき、どのように感じたか」と尋ねた。
 
「ジョージ・ハリソンの妻のパティがマハリシが町に来るという話を聞いて、私たちは全員、行くべきだと言ったんです」とポールは語った。「60年代は活動が多すぎて、自分の中心が定まらず、何かを探していたのだと思います。 私たちは、マハリシがミーティングを開いて講義を行う予定だと聞きました。 瞑想について聞いたのは、そのときが初めてでした。」
 
ポールは少し間を置いて、40年前にマハリシに会いに行ったときのことを思い起こし、こう語った。「私たちは瞑想にとても興味をもちました。そして瞑想は、試してみる価値があるように思えました。マハリシは、とても話が上手でした。瞑想はとても簡単で、とても魅力的だと感じさせてくれました。」

2011.02.02 15:30 | TMニュース | トラックバック(0) | コメント(-) |
Masthead.jpg
「見捨てられた子どもたち」を救う

コロンビアには、通りで暮らす「見捨てられた子どもたち」がいます。そうした子どもたちは、誰からも愛されず望まれずに、様々な虐待に耐え、通りで死を迎えることさえあります。コロンビアのメデリンは、麻薬の密売買のために世界で最も暴力犯罪の多い都市の一つです。そんな街の通りで生き延びることは、非常に厳しいことです。6歳くらいの幼い子どもたちはシンナーを吸うことによって生きる苦しみから逃れようとしています。

そんな「見捨てられた子どもたち」を救うために、ガブリエル・メヒアというカトリックの神父がコロンビアで静かに活動しています。

Trailer.jpg1980年代半ばに、ガブリエル神父はメデリンで最初の孤児院を開きました。そこは、子どもたちに良い食事と安全に眠れる場所を提供する施設です。その数年後に彼は超越瞑想と出会い、この瞑想法が「見捨てられた子どもたち」の深刻なストレスを取り除く解決策になると理解しました。麻薬カルテルの勢力が衰えるにつれて、ガブリエル神父の孤児院の数は増えていきました。2010年現在、ガブリエル神父が監督する施設は48あり、コロンビア全土に広がっています。

メデリンの中で治安の悪い地域に孤児院があり、6歳くらいの子どもたちが救いを求めにやってきます。孤児院では、子どもたちはシャワーを浴び、良い食事をとることができますが、やって来るのも立ち去るのも子どもたちの自由です。留まることを強制はしません。ガブリエル神父が、そうした子どもたちと接するうちに学んだのは、通りの生活から抜け出したいという強い願望は、子どもたち自身の内側から湧き上がる必要があるということです。多くの子どもたちは、シンナーやガソリン中毒になっていて、そうした依存症から立ち直るプロセスはとても苦しく、長い時間がかかります。そのためのリハビリテーションの一環として、子どもたちは超越瞑想を習います。これは、ガブリエル神父や施設のメンバーからの心のこもった指導のもとに行われます。

時間をかけて、子どもたちの人生に驚くべき変化が起こっています。彼らはストリートの生活で耐えてきた苦しみから自由になり、ドラッグ中毒から立ち直り、教育を受け始めています。ガブリエル神父が作った施設は、「見捨てられた子どもたち」を救い、彼らの尊厳を回復し、明るい未来を与えています。

最近、こうしたガブリエル神父の活動を紹介するドキュメンタリービデオが作られました。その中でガブリエル神父は次のように語っています。

「子供達の心を癒すことができるのは、愛だけです。愛は全ての病気を治す特別な薬です。子供は自分が歓迎されていると感じるときに変わります。犯罪や虐待された状況の中で、攻撃的になっていた子供たちが、変わりるのです。子供たちが、毎日朝と夕方に、瞑想を実習しはじめるときに、それが起こります。子供が目を閉じて瞑想し始めるとき、彼らは自分自身を無限の可能性の領域へと開きます。子供達の目の前に世界が広がります。そのとき子供達は、自分自身の本質を発見します。それは愛です。私は超越瞑想を学んだ数千人の子供達を見てきましたが、どの子の場合も、その変化は素晴らしいものです。―ガブリエル神父」



AboutSidebar1.jpg
世界で最も暴力犯罪の多い都市の一つ、メデリン……。その街の通りで子供達が生き延びるのは、非常に過酷なことです。

AboutSidebar2.jpg
メデリンの中で治安の悪い地域に孤児院があり、6歳くらいの子どもたちが救いを求めにやってきます。

AboutSidebar3.jpg
子供達が孤児院にとどまることを望むときには、彼らは他の子供達や教師達と家族のように暮らすことのできる他の施設に移ります。

2011.01.30 22:50 | TMニュース | トラックバック(0) | コメント(-) |
内側に潜る:初めての体験

foreveryours_2.jpg超越瞑想のことを初めて聞いたのは16歳のときですが、私はその話を聞いて魅力を感じました。「超越」とは、深くて、日常を超えたもののように思えました。そのころ私は禅について勉強し、それを実践しようとしていました。瞑想の本はどんな種類のものでも片端から読んでいました。それからまもなく私は、地元の大学のキャンパスで開かれたTM説明会に出席しました。その説明会を担当していたのは、身だしなみの整った、フレッド・アステアに似た青年でした。

そのTMの教師は、自分が話していることについて、ただ知的なレベルで知っているだけでなく、経験に基づいて理解しているように見えました。私は彼の自信に満ちた態度と明瞭な説明に感銘を受けました。

彼は言いました。「超越するとは、思考を超えて、内側深くにある想念の源、すなわち創造性と知性の宝庫を体験することです。



この古代のテクニックは、インドにおいてさえも、長いあいだ社会から忘れ去られていたのですが、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーがそれを紹介し、その本来の効果を復活させました。さらにマハリシは、TMを教える教師を養成するためにそのテクニックを体系化したので、TMは世界中の言語で教えられています。それによって、世界のどこに住んでいる人々でも、そのテクニックからまったく同じ、完全に有益な結果が得られるようになったのです。

その教師は、「サイエンティフィック・アメリカン」の最新号に掲載されていた、TM瞑想の研究結果を紹介しました。彼は、その記事を誇らしげに掲げて、生理に及ぼすTMの実際的な効果が科学的に検証されるようになったと話しました。その研究は、TM瞑想が「安らぎに満ちた鋭敏さ」という心の活性化された状態を生み出すことや、その心の状態は目覚め、夢、眠りとは異なる「四番目の意識状態」であることを示していました。

超越の体験を説明するときに彼が使った「枠のない状態」という言葉は、16歳の私の心をすっかりとりこにしました。



この「枠のない状態」というのは、その教師の放っている自由でゆったりした質と関係があるのだろうと私は思いました。

そのあと、さらに驚くべきことを聞きました。「皆さんがこれまでやってきたどんな方法よりも、TMは簡単にできます」と言って、この瞑想が簡単であり、単純であることを強調しました。このテクニックの効果が非常に高いのは、努力がいらないからである、と彼は言うのです。



他の瞑想法との違い



私がそれまで試してきたのは、厳しい集中を必要とする方法や、なにも考えずにただ座ることが求められる方法でした。それらの瞑想法が目指すのは、「無為」の状態に到達したり、「存在とは何か」に気づくことでした。また、黙想にふけるタイプの瞑想法もありました。高尚なテーマについて沈思黙想したり、崇高なものを心に描いたりするのです。これらの方法はすべて、瞑想中に行うべきことがあり、何かしら努力が必要でした。ところが、そのとき教師が話したのは「効果のある瞑想法は、まったく努力がいらない」ということでした。



そのことを彼は次のように説明しました。「TM瞑想は集中法や黙想法とも違うし、自分の想念を見つめたり、心を呼吸に集中させる方法とも違います。むしろ、それは心の活動を超越し、心の枠を越えて、「純粋な存在」を体験するためのテクニックです。そのプロセスは簡単で、自然です。なぜなら、それは、より大きな幸福の場を探し求めるという心の自然な傾向に基づいているからです。



あなたが雑誌を読んでいて、その記事に興味がなくなると、ページをめくって別の記事を探すでしょう。学校の授業が退屈になったとき、遠くからお気に入りの曲が聞こえてきたら、自然にその音楽に注意が向くでしょう。心はあてもなくさまよっているのではなく、常にもっと多くの知識、満足、楽しさを探し求めているのです。TMのテクニックは、この心の自然な傾向を利用しています。TMは心をコントロールするのではなく、心を満足させるものです。



心の自然な傾向が、あなたを内側のより大きな幸福の領域へと導きます。そしてついには最も内側にある真の『自己』にたどり着き、最高の幸福を得ます。」

内側に潜る:初めての体験



TMを初めて行ったとき、私は、落ち着いた、広大な空間に自分自身が潜っていくのを感じました。その空間の中では、自分は守られている、満たされているという感覚がありました。教師が言ったように、そのプロセスは努力なく起こりました。私の意識は別世界に開かれました。それは私の内側に常に存在していたのに、なぜか隠されていた世界です。それはかつてない体験でしたが、とても親しみのある体験でした。



私の呼吸はゆっくりになり、ほとんど停止していました。平和な静寂の瞬間があり、そのとき私は何も考えていませんでした。私は明るく照らされ、内側で目覚め、とても大きな存在感があり、かつてないほど意識がはっきりしているのを感じました。それは、長い、長いあいだ離れていた家に帰ってきたような感覚でした。私は「枠のない状態」を垣間見たのです。



目を開けたとき、私の周囲のすべてが、より新鮮になり、より生き生きとし、色鮮やかに見えました。まるで世界が洗い清められたかのような感じでした。そしてそれがまさに始まりだったのです。
2011.01.30 21:57 | TMニュース | トラックバック(0) | コメント(-) |
スーパーモデル、アリ・ステファンズ 
~モデルの仕事と瞑想~


1290013153.jpg若くて優れた才能をもつスーパーモデルのアリ・ステファンズは、超越瞑想を成功の手段として活用しています。3年という短い期間で、ステファンズはモデル未経験者からパリの注目の的に、10代の高校生からファッション界のトップスターに登りつめました。

彼女は地元のソルトレイクシティで家族と一緒に買い物をしているときに、エリオット・モデル・マネージメントにスカウトされました。彼女は、華やかなファッション界に入ることを最初はためらいました。しかし、慎重に考えて家族と話し合った結果、ステファンズは思い切ってファッションの舞台に踏み出し、世界中の人々の心をつかむことになったのです。

清らかな美しさと自然な身のこなしのおかげで、またたく間に彼女は雑誌の表紙を飾るモデルの間でトップの地位に躍り出ました。今までに、ステファンズは10回もヴォーグ誌ワールドワイド版の表紙を飾っています。2009年、ステファンズはカルバン・クラインの春のショーで専属モデルとして舞台を歩きました。CKジーンズの撮影では、世界的に有名なファッション写真家のスティーブン・メイゼル氏が彼女を担当しました。これをきっかけに、彼女はファッション界で最も輝くスターのひとりとなったのです。

エンターテイメントやファッションの世界では、多くの才能ある若者が流星のように現れては燃え尽きますが、ステファンズの場合は違います。彼女の仕事に対する取り組み方は、もっと地道でシンプルです。例えば、彼女は自分の写真が表紙になるまで、ファッション雑誌を買ったことがありませんでした。ステファンズは、有名人のイベントや夜遅くまで続くパーティよりも、自分の信仰や超越瞑想によって得られる心の平安の方を選んでいます。

デヴィッド・リンチ財団テレビジョンのインタビューで、ステファンズは超越瞑想を10年間実践してきたと語り、自分の生活にとって欠かせないものになっている話していました。彼女はデヴィッド・リンチ監督のファンで、超越瞑想を若者に広めるという彼の活動を支援しています。デヴィッド・リンチ監督がしていることは本当にすばらしいことであり、超越瞑想の実践は若い人たちだけではなく、その両親にも大変良い影響をもたらすだろうとステファンズは語っています。

ステファンズは、穏やかに話をし、控えめで非常にくつろいだ雰囲気を持っています。彼女の話を少し聞いただけでも、彼女が素朴で謙虚で健康的で、バランスのとれていることがわかります。巨大な広告板に登場する18歳のスーパーモデルのイメージとは少し違うでしょう。彼女にとって家族の存在と超越瞑想の実践は、人生の急激な変化への適応にとても大切なものとなっています。

2011.01.29 21:35 | TMニュース | トラックバック(0) | コメント(-) |
ディア・プルーデンス「外に出て遊ばないかい?」
Keith Deboer / TM blog 2010年12月4日

dear-prudence-beatles-four.jpg部屋で静かに超越瞑想を行って、ジョン・レノンとポール・マッカートニーに曲を作らせた人物はブルーデンス以外にはいないだろう。インドのリシケシでプルーデンス・ファロー・ブランズが瞑想している時に、本当にそんなことが起こったのである。

プルーデンスは、ハリウッド女優のモーリン・オサリヴァンと映画監督のジョン・ファローの娘で、女優のミア・ファローは彼女の姉である。彼女がTMを始めたのは1966年に兄を訪ねてUCLAのサマーコースに参加した時のことだった。

彼女が屋外の太平洋を見下ろす絶壁に座り、瞑想の本を読んでいると、突然どこからともなく「もし瞑想に関心があるなら、君にふさわしい瞑想法を教えてあげよう」という声がやってきた。驚いて振り返ると、兄の友達で、ひょろっと背の高いピーター・ワレスがいた。彼は、彼女の膝の上に広げてあった瞑想の本を目にして、そう話しかけたのだ。

ピーターはちょうど6カ月間のインド滞在から帰ってきたばかりだった。有名な聖者であるアナンダモイ・マーと共にインドを旅していたとき、その聖者からマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーを紹介してもらい、そこで彼は超越瞑想を始めた。プルーデンスはピーターのインド話に魅了されたが、特に彼女の心を惹き付けたのは瞑想に関する彼の説明だった。

dear-prudence-ringo.jpg
リンゴ・スターの前方左隣に座っているのがプルーデンス

「私が最も感銘をうけたのは、超越瞑想のシンプルなところでした」とプルーデンスは語っている。「私はかねてから、様々な瞑想法について積極的に本を読み、試してきました。しかしそのほとんどが複雑で難しいものばかりでした。ピーターが内側深くに潜っていく単純で自然な瞑想法について話してくれた時、その瞑想法が本当によいものであることがわかりました。」

そして1968年に彼女はインドへと旅だった。その旅は、今では歴史的な出来事となっている。プルーデンスはインドでの滞在を振り返って次のように語っている。「それは私にとって本当に特別な時間でした。マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーという優れた指導者から直接指導を受け、瞑想を学べる機会は、人生で二度とありません。ですから私は講義や食事の後はすぐに自分の部屋に戻り、この貴重な時間から最大のものを得ようとしました。夜になると、ジョン、ジョージ、そしてポールはなんとなく集まって遊んだり、曲を作ったりしていました。」

「私の部屋は彼らの部屋の隣で、彼らの声が聞こえてきました。彼らは時々私の部屋にやってきて、新曲を演奏してくれましたが、思えば、彼らは私を元気づけようとしていたのでしょうね。彼らの気遣いは有り難かったけど、私は瞑想するためにむしろ一人になりたかったのです。」

ジョン・レノンとジョージ・ハリスンは後に、彼女を励まし、外に出て歌おうと彼女の部屋にギターを持ち込んだと話している。この時の生き生きとしたエピソードが「外に出て遊ばないかい?」とジョンが歌う「ディア・プルーデンス」のインスピレーションとなったのである。

harrison-lennon-india-rishikesh1.jpg
リシケシを流れるガンジス川の辺に座るジョン・レノンとジョージ・ハリスン

ジョージ・ハリスンは後に、プルーデンスの曲を作ったことを彼女に語ったが、彼女自身、「ホワイト・アルバム」として知られている1968年の「ザ・ビートルズ」のアルバムが出るまで、曲を聞いたことがなかった。

プルーデンスは瞑想の実践に専念したことで、4ヶ月後にはコースを卒業し、超越瞑想を教える最年少の教師の一人となった。そして彼女は1970年に再びインドに行き、マハリシからさらなる指導を受けた。

prudence-bruns.jpgそれ以来、プルーデンスはアメリカやカナダで数千人の人々に超越瞑想を教えている。また彼女はサンスクリットの学者となり、カリフォルニア大学バークレー校より博士号を与えられ、またブロードウェイやハリウッドのプロデューサーとしても活躍した。

現在は夫のアルバートと共にフロリダの北西部で超越瞑想プログラムを教えている。3人の子供がいて、4人の孫に恵まれている。
2011.01.17 15:28 | TMニュース | トラックバック(0) | コメント(-) |
ヨーガ・スートラと深い瞑想
トーマス・エジンズ博士 TMblog 2010年8月24日

Lady-meditating.jpgヨーガは、アメリカでは一般的に、身体を曲げたり伸ばしたりするインドの体操法だと思われていますが、ヨーガという言葉は、もっと広い意味を持っています。目を閉じて静かに座るという瞑想の意味も含むのです。インドでは、ヨーガは心の状態であり、体操だけを意味するのではありません。

ヨーガの最も重要な文書は、マハリシ・パタンジャリのヨーガ・スートラだと言われています。この文書は、195の短いスートラ(金言)を含んでいます。

ヨーガ・スートラの2番目のスートラは、ヨーガについて定義しています。サンスクリット語では、ヨーガッシュ・チッタ・ヴリッティ・ニローダハと読みます。意味は「ヨーガは心(チッタ)の活動(ヴリッティ)の完全な落ち着き(ニローダハ)である」です。これは、ヨーガの古典的な定義だとされています。

パタンジャリのヨーガ・スートラは、この経験の深みをサマーディと定義しています。サマーディとは、想念がなくて瞑想の対象がない心の状態です。心が無限に広がっていて、「純粋で枠のない気づき」の状態にあることを指します。幾世紀もの間、東洋と西洋の学者たちは、サマーディに到達することは非常に困難だと考えてきましたが、私たちの世代は、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーの教えのおかげで、深い瞑想を自然に体験できるようになりました。彼は、ヴェーダ科学の学者であり賢人で、超越瞑想のテクニックを世界に広めました。

瞑想について、水泳を例にあげて考えてみましょう。水泳の初心者は、たくさんの力を使って水の中でバタバタと動き回ります。しかし適切な指導があれば、水の中でリラックスすることを学び、努力することなしに軽やかに水をかいて進むことができるでしょう。同じように、瞑想も適切な指導があれば、努力が不要なのです。

Maharishi-Patanjali-Yoga-Sutras.jpg同様のことがヨーガ・スートラに書かれています。『サマーディは、適切な指導なしに一人で到達することはできない』。これはヨーガの8支則の最後の部分です。8支則のことをアシュタンガ・ヨーガといいます(アシュタは「8」、アンガは「枝」を意味します)。後半の3支則(ダーラナ、ディヤーナ、サマーディ)は瞑想することが必要です。ほとんどの瞑想法でダーラナに到達できますが、ディヤーナに到達できる瞑想法は、ほとんどありません。

このことについて、もう少し詳しく説明しましょう。ダーラナは、通常は集中または安定と訳されています。マントラのような瞑想の対象を頭の中で何度も繰り返し、それに集中する状態を指します。これは、1粒1粒の水滴に集中するようなものです。なぜなら瞑想の対象が個々別々だからです。ダーラナは心の表面の状態なので、ダーラナの状態からサマーディに移行することはありません。

ディヤーナは、ダーラナとは全く異なります。ディヤーナには集中や努力はありません。ディヤーナでは、瞑想の対象は別々ではなく連続しています。ダーラナが個々の水滴のような状態であるのに対し、ディヤーナは、ガラスの上を流れる油のような流動的な状態です。超越瞑想は、正しく理解して実践することによって、ディヤーナに到達する瞑想法です。超越瞑想は、習ったばかりの人でもディヤーナに到達してサマーディを経験することができます。超越瞑想を実践した最初の日に、「とても簡単で静かでシンプルでした。努力することなしに、心が完全に安らぎの状態になりました」と言う人もいます。

25年間、私はマハリシ経営大学で教えています。この大学は、すべての学生と教職員が、大学のカリキュラムの一環としてヨーガと超越瞑想を実践しています。私の教え子たちが努力なしにヨーガと瞑想を学び、自然にサマーディの状態に達するのを見ることは、大きな満足感があります。すべての面においてヨーガを学ぶための理想的な環境です。

ヨーガのすべての支則(5つのヤマ、5つの二ヤマ、アーサナ、プラーナヤーマ、プラティヤハーラ、ダーラナ、ディヤーナ、サマーディ)は非常に素晴らしく、理解することも実践することも難しくありません。そしてヨーガの実践によって得られる利益は莫大です。考えることを何でも実現できるのです。ヨーガ・スートラという古代の生命の科学を実践することによって、心を落ち着かせ、安らぎを確立します。そして、最も深い知性の領域から願望を持って行動することで、活気あふれる健康と幸福を自然に得ることができます。

※トーマス・エジンズ博士は、ノートルダム大学で文学修士号を取得し、ヴァージニア大学で文学博士号を取得しました。現在は、アメリカ合衆国アイオワ州フェアフィールドのマハリシ経営大学のサンスクリット語の準教授です。エジンズ博士は、サンスクリット語入門第一部と第二部の著者です。最近、マハリシ・パタンジャリのヨーガスートラの翻訳本を出版しました。
2011.01.15 11:01 | TMニュース | トラックバック(0) | コメント(-) |
心の調和と創造力
女優エヴァ・メンデス

TMblog 2010年10月7日

eva-mendes2.jpgエンターテイメントの世界で成功している人たちは、しばしば次のように話している。仕事では非常に張り詰めていても、私生活では心の平安を見つけようとしている、と。

36歳のアメリカの女優、エヴァ・メンデスも、その一人。彼女は、心の調和を得る方法をついに探し出した。最近のインタビュー記事の中で、彼女は超越瞑想の実践の重要性とその素晴らしい効果について語っている。

「私は、超越瞑想に夢中になっています。瞑想のおかげで、心の調和と静けさや穏やかさを得ることができます。瞑想は、人生の波に対処することを助けてくれます。そして、創造力を高めることにも役立っています。」

エヴァ・メンデスは、マイアミでキューバ人の両親のもとに生まれ、ロサンゼルスで育った。大学でマーケティングを学んだ後、女優になることを決意。女優の仕事に専念し、数多くのハリウッド映画に出演している。彼女は、乳がんに関する研究の基金を集めるために、世界的なキャンペーン活動も行っている。

エヴァは、自分の創造力は超越瞑想の実践のおかげだと語っていた。
「言葉で説明するのは難しいのですが、超越瞑想は、私の創造力にとても深いレベルで作用しています。瞑想は、全ての領域に影響を与えるようなものだと思います。」

catching-the-big-fish.jpg彼女はインタビュー記事の中で、映画監督のデイビッド・リンチ氏のオーディオブック「Catching the Big Fish」を聴いて、超越瞑想は創造力に大きな影響を与えることに気づいたと話している。

「彼は、私のお気に入りの監督の一人です。オーディオブックをとても興味深く聴いています。彼の声には、非常に大きな驚きがあります。素晴らしい調和を感じる声だからです。」
2011.01.14 20:02 | TMニュース | トラックバック(0) | コメント(-) |
ジャパンタイムズ社が発行している「週刊ST」という英字新聞(12月24日号)の「What They Said」というコーナーに、12月13日にニューヨークで行われたTMのイベントの記事が掲載されました。短い記事ですがご紹介いたします。

TMは誰にでも役立つ素晴らしいツール

clint-eastwood-dlf-gala-1.jpg映画監督デビッド・リンチ氏の主催で、退役軍人が戦争で受けたストレスを軽減する手段として、トランセンデンタル・メディテーション(TM、超越瞑想法)を広めるイベントが12月13日、ニューヨークで行われた。退役軍人のほか、ハリウッドスターや有名デザイナーたちが出席したが、その一人、映画監督・俳優のクリント・イーストウッド(80歳)は、「私は超越瞑想の熱心な支持者です。もう40年近く続けています。どんな人にも役立つ素晴らしいツールだと思います」と語っていた。
2010.12.22 20:58 | TMニュース | トラックバック(0) | コメント(-) |
第二次世界大戦に出征した退役軍人が本を執筆:
超越瞑想で外傷ストレスを克服する

ジェリー・イェリン、2010年11月6日

jerry-yellin-young.jpg私は、第二次世界大戦で祖国のために尽くした16万人のうちの一人でした。18歳で入隊し、19歳のときにアリゾナ州フェニックスのルーク・フィールド航空学校を卒業し、21歳のときに硫黄島に着陸してそこで三週間を過ごしました。硫黄島は広さ8平方マイルで、日本から650マイルの位置にあります。そこに着いてすぐに私は死を身近に感じるようになりました。

1945年3月7日、私たちの戦隊は、擂鉢山のふもとの汚れた滑走路に着陸しました。私は自分のムスタングを駐機場まで地上走行させながら外の風景を眺め、膨大な量の日本兵の遺体が集団墓地に押し込まれているのを見ました。その光景と臭いは私の心に刻み込まれ、消えることがありません。それは21歳になったばかりの若者には衝撃的な光景でした。私たちの戦隊の駐留区域は、埋葬される海兵隊員の遺体安置所に隣接していたので、約七千人のアメリカ海兵隊員の遺体が墓地に埋葬されるまで、その光景を見続けていました。日本から650マイル離れた面積8平方マイルのこの島で繰り広げられた戦闘は凄まじいものだったのです。そこで二万一千人の日本兵が命を失い、約七千人の海兵隊員が戦死しました。

world-war-2-pilot-group.jpg
私は硫黄島から日本への長距離爆撃作戦に19回参加しました。私と一緒に飛んだ若いパイロットのうちの11名は、みんな私の友人でしたが、故郷に帰ることはありませんでした。一緒に出撃して、帰ってこなかったパイロットは全部で16名いました。

ある作戦での飛行中、航空学校からのクラスメートだったアル・シェレンは、「撃たれた、目が見えない」と無線で呼びかけた後、姿が見えなくなりました。「ずんぐり」のロバート・カールも、その日に消息を絶ちました。彼は私のテント仲間でした。

jerry-yellin-planes.jpg
戦死者のうちの三人は、私の編隊僚機のパイロットでした。ダニー・マティスが他の26機の戦闘機と一緒に飛行中に空中衝突したのは、私が親知らずを抜いて地上待機していたときでした。ディック・シュレッペルは、父島を爆撃したときに私の後ろを飛んでいました。フィル・シュランバーグは戦争が終わった1945年8月14日、雲の中で私の編隊から姿を消しました。

私たちは皆、誰が戦っているのか、なぜ戦っているのかを知っていました。そして戦争が終わり、戦闘機のパイロットが一般市民の中に戻ったとき、戦友はなく、飛行機はなく、守るべきものもなく、話をする相手もいませんでした。1945年から1975年までの30年間、私の人生は空虚でした。戦闘で経験した高揚感が日常生活の低迷感になったのです。私は、両親、妹、親戚、友人とのつながりをすっかり絶っていました。私は、知り合いの男たちが戦闘の体験を語っているのを聞くと、彼らが戦場どころか戦争地域にさえ入ったことがないのがわかります。知り合いの中で、自分の友人が目の前で死んだ体験を語ることができる人は誰もいません。陸軍航空隊で、私は、戦闘任務で飛ぶための訓練を受けましたが、戦争が終わって飛ぶのをやめたときに、どうやって社会に適応すればよいかの訓練は受けませんでした。

jerry-yellin-world-world-2-pilot.jpg
私は、何の満足感も、成功を求める意味も、価値ある人間関係も、見いだすことができませんでした。愛する妻と四人の息子たちに囲まれているのに、憂鬱で、不幸で、孤独でした。そのような断絶感、感情の欠如、落ち着きのなさ、空しい絶望感が1975年まで続いたのです。

1975年に私は超越瞑想という瞑想法を習いました。ほんの数か月で、人生は私にとって意味のあるものになり、そして八六歳になった今、この瞑想は私に平和と満足をもたらしてくれたと言うことができます。

イラクとアフガンで現在続いている戦争がわが国の軍隊にとって厳しいものになっているのはなぜでしょうか? 最前線で戦う兵士たちにとって戦争が厳しいのはいつものことですが、イラクやアフガンでの戦争は、敵国の内部で、つまり、敵の領土の中、敵の本土の中、敵の都市の中で戦われているので、しっかりした前線基地がなく、捕捉すべき目標がありません。市民の一人ひとりが「敵」に見えるし、どの道路を走るのも危険に思えるし、どのゴミの山にも爆発物が隠されているように見えます。

私がこれを書いている2010年10月現在、イラクとアフガンの戦争によって、わが国の軍人の5745人が戦死し、86175人が負傷や病気で撤退しています。これまでに任務を経験した約200万人のうち、負傷や病気で撤退した割合は21.7パーセントに上ります。

jerry-yellin-today.jpg
2003年以後に軍務に就いた人々の35~40パーセントがPTSD(心的外傷後ストレス障害)になったと推定されています。現在の軍隊の平均年齢は21歳なので、これらの退役軍人は50~60年間のケアを要することになります。スティグリッツとビルメスが彼らの著書『三兆ドルの戦争』で推計したように、わが国の退役軍人のケアにかかるコストは、一人あたり年間5765ドルであり、イラクとアフガンの推定210万人の退役軍人のケアに要する総コストは7170億ドルに達すると思われます。この試算では、負傷や精神障害を受けた退役軍人の家族に給付金を支払う政府の追加コストは考慮に入っていません。負傷や精神障害を受けた退役軍人の一人ひとりが、その家族全員に悪い影響を与えるため、その家族全員が苦しみ、ケアが必要になります。

もし私がPTSDから回復した退役軍人の一例であるとすれば、すべての退役軍人に一つの選択肢として超越瞑想を提供すべきです。一度、超越瞑想を学べば、生涯にわたって健康な毎日を送ることができます。そして、超越瞑想を学ぶためのコストは、一人の退役軍人に支払っている一年間の治療費のわずか1/4にしかすぎません。わが国の若い退役軍人と彼らの家族が、イラクやアフガンでの戦闘のために被った深刻な影響から回復するのを助けるために、五千年の歴史があるこの治療法を利用しない理由があるでしょうか?

ジェリー・イェリン(筆者):アメリカ軍事作家協会の会員、『Of War and Weddings』『The Blackened Canteen』『The Letter and The Resilient Warrior』等の多くの本の著者

こちらのビデオ(英語)では、心的外傷ストレス障害をもつ退役軍人への超越瞑想の効果を示しています。
2010.12.05 15:12 | TMニュース | トラックバック(0) | コメント(-) |