瞑想の効果を実感してみて下さい。

超越瞑想(TM)の方法や効果について詳しくご紹介します。

静寂のひととき……TM瞑想

瞑想で脳の潜在力を開発!

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焦げたトーストで始まる朝

 忙しい主婦になったつもりで考えてみてください。朝から何もかも調子が悪いというような日があります。朝から電話はかかってくる。赤ちゃんは泣く。あわただしくてうっかりトーストを焦がしてしまう。それを見てご主人が、
「おまえはいつになったらちゃんとトーストが焼けるようになるんだ!」
 こんなとき、皆さんはどうお答えになりますか。
「そんなこと言うなら自分で焼いたらどう」と言って、焦げたトーストを亭主に投げつけるか、情けなくなって泣き出してしまうかもしれません。そして、ご主人が仕事に出かけた後も、一日中面白くなくて、家の中を掃除する気にもなれないでしょう。

 また、同じような朝のことを考えてください。朝から忙しくてトーストを焦がしてしまいます。そんなときご主人が、「おやおや、今朝は大変だね。子供は泣くし、電話はかかってくるし」と言ってくれたらどうでしょう。ご主人が奥さんの立場になって話してくれたことがうれしくて、ご主人を送り出した後、歌でも歌いながら掃除することでしょう。超越瞑想を始めた人たちやその周りの人たちが歌い始めるのはこのような歌です。

望んでもいない戦争

 喜びや悲しみ、人に対する好意や怒りなど、私たちの心の中の状態は、言葉や行動に表れます。もし、自分の状態を自分で選ぶことができるとしたら、だれでも積極的で、愛情に満ち、善良でありたいと望むでしょう。惨めな思いをしたいとか、他人を不幸にしたいと望む人はいません。ハイム・ギノット博士は、ベストセラーになった著書『親と子の間』の冒頭に次のように書いています。

「朝、目が覚めたときに、子供の生活を惨めにしてやろうと思って一日を始める親はいない。子供が少しでも悪いことをしたら、怒鳴りつけ叱ってやろうと自分に言い聞かせる親はいない。その反対である。朝起きたとき、たいていの母親は、『今日は平穏に暮らそう。怒鳴ったり、言い争ったり、喧嘩したりしないようにしよう』と決意する。

 しかし、そのような善良な心がけにもかかわらず、また望んでもいない戦争が起きてしまう。またしても、自分の意に反して言いたくもないことを自分も嫌になるような調子で子供に向かって叫んでいる自分に気付くのである。」

 自分の価値観や願望や決意とは逆のことを、自分でも嫌に思うような仕方で行ってしまうということが時々あります。大きな声で叫んだり、口論したり、妬んだり、恐れたりします。そして、後になって後悔します。そんなつもりではなかったのに、わかっていたのに……。どうして私たちはこのようなことをしてしまうのでしょうか。

ささいなことが引き金となって……

 先ほどのトーストを焦がした主婦になったつもりで考えてください。あなたには、家計のこと、子供のことなど、気がかりなことがたくさんあります。昨夜もベッドの中であれこれ悩んでなかなか寝つけませんでした。朝、目覚まし時計が鳴ったときは、十分な休息がとれないまま起きなくてはなりませんでした。少しずつ、少しずつストレスがたまっていきます。そして、それがついには爆発します。ほんのささいなことでも爆発の引き金となります。

夫も妻も、本当はトーストのことで怒っているのではありません。少し考えてみればわかることですが、トーストが焦げたということ自体はたいしたことではありません。ただ、それが蓄積した緊張を爆発させるきっかけとなっただけです。

 私たちは、休息を十分にとって元気なときには、めったに腹を立てません。怒りや憎しみなどの否定的な感情が表れるのは、ストレスが蓄積した結果であるといえます。誰もがもっと大きな愛情や忍耐や思いやりをもって、よりよく行動したいと思っています。しかし、このように心で思っていても、緊張やストレスがそれを阻んでしまいます。緊張やストレスのために心が阻害され、思わず怒りの叫びを発してしまうのです。ギノット博士は次のように述べています。

「腹を立てないという決心は、無益であるどころか有害である。平和な家庭は、戦争のない平和な世界と同じく、人間の本性を急に慈悲深く変えることで実現できるものではない。平和な家庭は緊張が爆発する以前に、系統的に緊張を緩和する計画的な方法により実現されるのである。」

 超越瞑想は、非常に深い休息とくつろぎの状態をもたらしますから、まさにギノット博士の言う『緊張を緩和する計画的な方法』であるといえます。深い休息と安らぎによりストレスや緊張から人を最も効果的に解放します。これは人間の本性を変えること、あるいはもっと適切には、人間の行動を変えることといえます。つまり、超越瞑想は、人をストレスや緊張から解放し、人がその本来の姿を表すことができるようにする方法なのです。(ジャック・フォーラム「Transcendental Meditation」より)
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 最近、悩んだり、憂うつになっている人が非常に多いようです。心身共に調子が出ず、自分でもどうしてよいのかとまどっているようです。

 悩みを他人に打ち明け聞いてもらうのは、本人にとって一時の気休めになるかも知れませんが、真の問題解決にはなりません。問題についてくよくよ考える必要はありません。それはエネルギーと時間の無駄使いです。どんな問題や悩みであれ、それに圧倒されてしまっている自分の弱さに気付き、その弱さの原因を取り除くことが必要です。「救われたい」という人がいますが、私たちは何かによって救われるのではなく、私たち自身が私たち自身を救うのです。

 外からの力を借りるのではなく、自分のうちにもっている力を開発していくのが超越瞑想です。私たちは誰でも十分な力を内にもっています。信条、信仰に関係なく人間の心は同じ傾向をもっています。それは、もっともっと豊かになりたい、成長したいという自然な欲求です。これが人間を進歩させるのです。誰に言われなくても、人は毎日進化の方向に向かって進んでいるのです。要は、どうしたらその進化を最大限にまで促進できるかということです。

 考え、決断するのは私たちの肉体ではなく、心です。超越瞑想は行動の一番大切な基盤である意識、心を拡大させてゆきます。行動の基礎を大きく強くすることによって、私たちの生活は、より安定した豊かなものとなってゆきます。

 ゆがんだ家を直すには土台を直すことが必要です。どんなにたくさんつっかい棒をしても、それは一次的な気休めにしかなりません。純粋意識にまで楽に達することのできる超越瞑想で、人はどんな根本的なゆがみでも直せるのです。どんな弱さでもなくすことができます。ですから、超越瞑想は、すべての問題の解決策であるといえるのです。(過去のユートピアの記事より)
j0222532.gif 病は気からといいますが、悩みや心配事は、病気を引き起こすのに十分な力をもっています。心の状態に起因するものとして、心臓病、潰瘍、喘息、心身症などはよく知られていますが、それだけではありません。医学会の権威ある筋によりますと、病気の60~90%は、精神的緊張が原因になっているといわれています。

 この緊張は、ストレスという形をとって、体の中にため込まれてゆきます。ストレスとは一般的に、何か漠然とした精神的抑圧のようなものと思われていますが、ここでいうストレスは、神経系の化学的または物質的異常のことを指しています。無理をすること、体験過多がその原因です。肉体的にも精神的にも、日常のいろいろな体験が神経系統をゆがめてしまうほど過ぎた場合、それがストレスとして残ります。これが、夜の睡眠でも解消しきれないくらいにたくさんあったり、根深いものであったりすると、それはどんどん体の中にため込まれていき、私たちの活動の効率を妨げます。

「あわてなければうまくいったのに」こう思うことは誰にでもあります。どんな状況であっても、落ち着いてことを運べばスムーズなのですが、ほんの小さなイラ立ちによって、問題が生じてしまうことがよくあります。本来あるべき楽しい人生を、このストレスが妨げているといっても過言ではありません。

 超越瞑想の実践による深い休息は、体に安らぎを与え、神経系にたまった根深いストレスを取り除きます。それによって、心はより明瞭になり周りの状況をもっとよく知覚できるようになりますから、人生はもっと落ちついた、ストレスのないものとなるはずです。

 暗い部屋に迷い込んでしまったときには、たとえそれが自分の部屋であっても人は恐怖感を抱きます。ですが、明かりをつければなんでもないことだと気付きます。ストレスで一杯の状態はちょうど暗闇の中にいるようなものです。知覚はストレスのために曇らされ、狭められた状態にあります。狭い視野では限られた部分しか把握できません。それが苦しみや恐怖の原因となっているのです。しかしもし、私たちの意識が拡大し、周りの状況をはっきり知覚できるようになれば、恐怖を感じることはなくなります。

 超越瞑想の規則的な実践によって、意識が拡大し、広い視野で物事を捉えることができるようになります。それは暗闇に光をもたらすようなものです。それによって、すべての苦しみや恐怖は消え去り、問題は問題でなくなります。ストレスという暗闇が取り除かれるにつれて、私たちの考えや行動は、より秩序正しく創造的になり、自然に成功へと結びつくようになるでしょう。(過去のユートピアの記事より)

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自然界にはきわめて整然とした秩序があり、非常に均衡のとれた法則があります。さまざまな自然界を眺め渡してみれば、それは一目瞭然です。星の運行、季節の巡り、植物の成長、動物たちの営み、どれをとっても整然とした流れをもっています。古来より日本人はそういった自然のあり様に、並々ならぬ味わい、美しさを感じてきました。和歌や俳句の世界はそれを端的に物語っています。

うぐいすが鳴いては感心し、雨が降っては感心し、さまざまな自然の景観をそれぞれ楽しんできた伝統があります。雨降りを嫌うようになったのは明治以降のことだと、数学者岡潔氏はそのエッセイで嘆いていましたが、確かに現代人は、自然の楽しみ方を忘れているところがあるかもしれません。

かつてギリシャ哲学において、真、善、美は同じものと考えられていました。真実なるものは正しく、善であり、美しい。ここから出発して、科学者は知的真理を、宗教家や哲学者は絶対善を、芸術家は美しさを追求するという方向性が生じました。すべて同じ価値なのですが、それぞれの見地からその究極のところを求めようという流れになったわけです。

しかし、真も善も美ももともと同じということになりますと、結局それぞれが行き着くところも同じです。TMを実践している方ならお分かりでしょう。あらゆるものを超越した絶対「存在」に行き着くしかありません。いわば、絶対「存在」の根源的知性の働き、創造的知性の価値として、真も善も美もあるということになります。

こういったことを考え合わせてみると、美しさというのは自然そのものを離れてはあり得ないということがわかります。本来、自然界に醜さなどありません。それは自然からはみ出した人間に関連して出てきたもののような気がします。つまり、醜さとは均衡をくずした、無秩序に他ならないのではないでしょうか。続く(TM教師の随想録「フルネスの海」より)
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よく美人の典型を八頭身だとか、卵型だとかいったりします。あるいはクレオパトラの鼻がもっと低かったらなど、そういった外形で美しさを論じることがあります。しかし、よく考えてみますと、同じ人物が、あるときには貧相に見えたり、あるときにはきらきら魅力的に見えるということも、実際日常的にはあります。

例えば、TMの説明会から四日間の受講に関わってきていつも思うことがあります。それは、みなさんTMを学んで帰られるときには非常に顔が輝いて見えるということです。もちろん、初日緊張の面もちで説明会に来られます。四日間終わるころには打ち解けて、しかもTMというリラックスする方法を行うわけですから、否応なく親しみのある顔になるとは思いますが、それにしてもそういったさまざまな顔の輝きは、何かそれ以上の美しさを感じさせるものです。年齢や性別には関係ありません。どんな方でも非常に魅力的に見える気がします。

TMを実践するということは、一つの言い方をするなら、自分本来の状態を取り戻すことといえます。本来の状態、自分の自然な状態ということです。したがって、ストレスを取り除いて、心身ともにリフレッシュするということは、自分自身の内から不自然なもの、余分なもの、本来あるべきでないものを取り去って、もともとの美しい自分に立ち帰るということに他なりません。それは真実なる自分であり、正しい自分でもあります。そうやって得た状態が美しくないはずはありません。

啓発とは英語で「エンライトメント」といいます。これは内側に光が灯るという意味です。皆さんがTMを終えて輝いて見えるのも、内側に光が灯されるからかもしれません。(TM教師の随想録「フルネスの海」より)
人のことより、まず自分

j0223246.gif 人間関係などで悩んでいる人の場合、よくあるのが、自分の力でどうしようもないレベルのことをくよくよと考えているというパターンがあります。上司が厳しい、夫が理解してくれない、同僚の性格が悪いなどなど……。何しろ、人間世界は多様性の世界です。考え方、価値観、生理的なものも含めて、一つとして同じところのない人間同士が鼻突き合わせて暮らしているのです。しかも、周りにどれほど完全な人格をもっている人がいるでしょう。摩擦が生じるのはむしろ当たり前ではありませんか。ここでは、可能なことを考えてみたいと思います。できるのは自分をどうするかということです。

 人間関係について、マハリシ先生が教える二つの法則があります。先ず一つは「作用反作用の法則」です。例えば、誰かと会うとき、もし、こちらが不機嫌な応対をすれば、向こうも不機嫌になるでしょう。また、逆ににっこり笑顔の応対をするなら、向こうもにっこりするでしょう。要するにお互い様ということです。人間は互いに影響し合って生きているのです。ですから、少なくともまず自分に笑顔がなければいけません。

 そして、さらにもう一つの法則は、「理想的な人間関係は与えるという原則によってなりたつ」ということです。この与えるという原則からしますと、相手に期待するよりも、まず自分が何をしてあげられるかを考えるべきだということになります。与えるものは何でもかまいません。物でも、アドバイスでも、あるいはちょっと聞く耳でもいいでしょう。ときには叱咤でもいいです。何もなければ、暖かい眼差しでもけっこうです。何か相手のためになることを考えて会うというのが、この原則です。

 さて、この二つの原則をもとに、人間関係の改善の方策を考えてみましょう。いつも自分が笑顔をもって、人には惜しみなく与える……。そんな無茶なとおっしゃる方がおられましょう。おっしゃるとおりです。なぜなら、こちらにそれができるだけのゆとりがあるかどうかという問題が解決されていないからです。無い袖は振れません。だって、そうでなければ、無理するしかないではありませんか。質屋さんに走るか、引きつった笑顔で疲れ果てるか……。大事なことは、それ相応のゆとりと強さをもたなければ絵に描いたもちです。

 ゆとりと強さ、実はこれは人間の器の問題です。超越瞑想は、その器を大きくしていきます。器が大きくなると、それまでの悩みは消えていきます。そして、また次の悩みがやってきたら、また大きくなってその悩みを越えます。神様が作られたハードルのようなものと考えたら面白いかもしれません。一つのハードルを越えて、また次のハードル、そしてまた……。こうしてみると人間の悩みは尽きないようですが、ちゃんとゴールもあります。それは、いかなる悩みにも負けない無限の大きさをもつ器にまで、「自己」を拡大したときです。

 超越瞑想を実践する人たちは、以前より柔軟に人間関係も対応できるようになり、問題があまり気にならなくなるとおっしゃいます。超越瞑想をしていても、まだ人間関係で悩んでいるという方がおられましたら、あせらず、じっくりと瞑想の効果を高める工夫をしてください。それが実際に問題を越える能力を与えてくれます。(TM教師のエッセーより)
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「自己を高めるためにはどうしたらよいか、ということを説いた本や講演などでは、必ずといっていいほど『肯定的で積極的な考えや行動・態度を意識的に心がけなさい』とアドバイスされますよね。それに対してTMの先生は、『TMをしていれば自動的にそうなりますよ』としか言わない。考えや行動は肯定的で積極的な方がいいわけですから、少しでも努力したほうがよいと思うのですが」

 皆さん、いかがですか。同じような疑問をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。今回は、この『考えや行動・態度を改善するには』というテーマを取り上げることにしましょう。

 ところで、誰もが身につけたいと希望する想念(感情も含む)や行動、態度(もちろん話し方も含まれます)の質にはどんなものがあるでしょうか。前向きで建設的な考え方、柔らかで温かい態度、親切、思いやり、自信、勇気、力強さ、などなど。これらの美徳はとても素晴らしいものです。これらの価値が誰にとっても必要であり、早く身につけるべきであることは言うまでもありません。

 しかし大切なのは、実際にどのようにしたらそれらが身につくのか、という点にあります。さて、最初のお話にもあったように、一般的にはこれまで、自分の意識的な努力によって考え方や行動の仕方を改善しなければならない、と言われ続けてきました。どの本を読んでも誰に話を聞いても、「とにかく努力しなさい。がんばればいつか必ず身につくようになるから」というわけです。

努力の成果は

 では、ここで質問です。努力によってご自分の考え方や行動の仕方を改善することに、何人くらいの方が実際に成功されたでしょうか。勝手な推測で申し訳ありませんが、たぶん多くの方は一時的には改善されても長続きせず、すぐにもとに戻ってしまったはずです。

 努力をすることがその方法であるのであれば、うまくいかなかった方々は努力が不足していたわけですから、もっと努力をすべきであるということになりますね。実際そのように指摘された経験を、皆さんお持ちでしょう。しかし、想念や行動を変えるためには、努力することが本当に唯一の方法なのでしょうか。

想念と行動は心の状態に左右される

 朝目覚めたときにとても爽やかで心が軽く気分がよい、そんな日は何に対しても積極的になれ、いつもなら気になるようなことも気にならず、家族や友達にも自然に優しくなれます。逆に、気が重く疲れを感じる日は、ささいなことにイライラしたり、好きな趣味にも興味がわかず何をしても楽しめない、という状態になってしまいます。

 このように、想念や行動というものは内面の状態に依存しており、その結果でしかありません。幸福であれば望ましい想念や行動が自動的に生まれ、幸福でなければ望ましくない想念や行動がこれまた自動的に生まれてしまいます。ですから、上記のように気が重く疲れを感じるときに、その状態を努力して変えようとしてもまずうまくいくことはありません。大切なのは、そのような状態を作りだしている原因を改善し、心を実際に幸福にしてあげることです。

 これまで一般に言われてきた努力による方法というのは、外側に現れた結果のみしか考慮せずその根本原因には一切触れない対症療法と言えます。もちろん対症療法がまったく無駄であるということではありません。ただ、どうしても一時的、部分的な効果しかもたらさず、根本的な解決にはならないことを理解しておくべきです。(続く)(基礎から学ぶTM講座より)
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行動は想念に依存

 私たちは適切な想念や行動によってより大きな達成や成果を獲得し、もっともっと幸福になりたいと願っています。つまり、幸福の基盤が達成(成功)であり、達成の基盤が想念や行動であるわけです。

 それでは、想念と行動との関係はどうでしょうか。行動するためには考えなくてはなりませんから、想念が行動の基盤となります。ということは、別に行動を変える努力をしなくても、想念を改善すれば結果として行動も改善されるわけです。力強く明晰な想念を持てばよいということは、古今東西、成功した経営者や社会に大きな貢献をした偉人たちも口をそろえて述べています。

想念を改善するには

 さて問題は、想念(考え方)を実際に改善するにはどうしたらよいかということですが、今みてきたのと同様に、想念を生み出しているものを変えれば、自動的に想念も変わってくれるはずです。それでは、何が想念を生み出しているのでしょうか。

 それは知性です。知性は宇宙万物に滋養を与え、成長・進化を促し、幸福と愛を拡大するために機能している最も基本的な働きです。ここで言う知性とは創造的知性とも呼ばれていて、想念はこの創造的知性の現れです。ですから、想念には、創造的知性の特質である成長・進化・幸福・愛といった価値が反映されるはずですが、実際には、すべての想念がそうであるとは限りません。なぜでしょうか。

 その原因は神経系のストレスにあります。創造的知性は神経系を通して働きます。したがって、ストレスのない正常な神経系であれば創造的知性本来の価値がそのまま想念に反映されますが、神経系にストレスがたまって正常に機能していない場合には、創造的知性の価値を少ししか持たない想念になってしまうわけです。

 ですからストレスを解消すれば、自動的に創造的知性の価値が充分に想念に反映されるようになり、その結果想念が改善されてゆきます。また、私たちはTMにより、想念のより精妙な段階を経て、想念が生まれてくる源を体験しています。この想念の源は宇宙万物の根本であり、創造的知性の純粋な場(純粋知性)、純粋意識です。ここは無限のエネルギー、至福、完全な知性の場ですから、ここを体験できれば、より大きな力強さ、明晰さ、幸福が直接想念にもたらされます。

 TMというのは、ストレスを解消し創造的知性がよりスムーズに発揮されるようにすると同時に、直接想念を強化することのできる最も効果的な方法です。当然、努力などは必要ありません。

 これまで、創造的知性の存在が忘れられ、それを活性化するための手法も見失われていました。そのために、想念と行動は努力によって改善しなければならない、という誤解が一般化してしまったのです。TMとマハリシ・ヴェーダ科学により、幸福をもたらす想念と行動をすべての人々が自動的に楽しめるようになることを願ってやみません。(基礎から学ぶTM講座より)

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例えどれほど精力的にゴールを目指しても、進化の流れに沿っていなければ抵抗に合うばかりで達成はありません。流れに逆らって泳いでいる人のようなものです。

しかし毎日、超越瞑想を行い純粋意識に規則的に接触することによって、人生は進化の流れに調和していきます。それにより、抵抗に合うことも少なくなりますから、すばやく骨を折らずにゴールまで運ばれます。一つひとつの活動はもっとも少ない努力で行われ、同時に以前よりパワフルになり、ずっと多くを達成することができるようになります。

『純粋意識に確立された上で、行動しなさい』――これは、すべての行動をもっとも効率的に行うための技術です。それにより、最小のエネルギーで、最大の利益を得ることができます。
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意識がどれくらい拡大しているか、つまり、私たちがどれほど注意深いかによって、知識の量が決まり、どれくらい生命の真理を理解できるかが決まります。

例えば、ドライバーが眠気でうとうとしていている意識状態では、うっかりして木にぶつかってしまいます。しかし、ドライバーの意識が明瞭でハッキリしているときには、周囲をきちんと見ていますから、木があってもぶつかることはありません。このように、意識が明瞭であるか、そうでないかによって、私たちの見える世界は異なってくるのです。

意識が拡大すればするほど、知覚は鋭くなり、すべてに注意がいきわたるようになります。それにより、もっと多くの情報を得ることができるので、当然、知識の量も増えます。ですから、意識の高さこそが、知識を得るための基盤となるのです。

マハリシはこのことを、「知識は意識のなかに築かれる」という簡潔な言葉で表現しました。その真意は、「永遠不変の真理を得たければ、まず、意識を永遠不変なものにする必要がある」ということです。

超越瞑想は、とても自然な形で、永遠不変の意識である、純粋意識に達することができます。瞑想の規則的な実践を通して、純粋意識を経験し、この永遠不変の意識を常に維持することができれば、得られる知識はすべて真実で完全なものとなります。
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宇宙は統一された全体ですから、宇宙のどこかで何かが起これば、他の部分に何らかの影響が生じます。

池の中に石が投げ込まれると、波紋が生じ、池中に広がります。波が生じるごとに、池全体は変化を受けるのです。これと同様に、個々人の生命は世界の全分野に影響を与えます。私たちが考え、話し、行動するたびに、周囲に何らかの影響を生み出しているのです。

その影響の性質は、私たちの内側にある生命の性質と私たちが放つ波動の特性に依存します。電球が汚れずに強力であれば、周囲全体に自動的に光を放つでしょう。超越瞑想によって、私たち自身が幸福で調和的になれば、周囲に幸福と調和を放射します。そして、この調和に満ちた影響は、自然に人々を引き付けます。
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物理学によると物質のより精妙なレベルは、より多くの潜在エネルギーをもっています。

瞑想中、心が徐々に想念のより静かな力強い段階を体験していくにつれて、精神活動はどんどん減少します。心と体は密接に関わり合っていますので、心の活動が減少すると体も深い休息状態を体験します。そしてついには、心と体が深い休息を得ながらも同時に目覚めている機敏な状態が確立されます。

それは、弓に矢をつがえた状態に似ています。その時、矢は休息していますがすぐ活動が始められる機敏さを備えています。弓の上に矢があっても、引き絞った状態でなければ、休息していても鋭敏な活動力は備えていません。ぎりぎりまで引き絞った弓にのった矢は最高の活動力を備えており、いつでも力いっぱい飛ぶことができます。

瞑想と活動の規則正しい繰り返しによって、瞑想中に経験する心と体の安らいだ状態が、活動している間でも維持されるようになります。そしてついには、体のストレスがすべて解消され、宇宙意識の中で人生を生きることができるようになります。

宇宙意識とは、内面は穏やかで安らいだ状態にありながら、外側はダイナミックな活動を100%楽しめる、生命のもっとも美しい状態です。
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もし、愛されたいと望むなら、まず自分から愛を与えることです。そのお返しとして愛を受け取ることができるでしょう。それが自然の摂理というものです。愛すれば愛されます。憎めば憎しみが返ってきます。私たちの考えや行動などすべては、宇宙にあるすべてのものに影響を与えます。そして、それと同じだけの影響を宇宙から受け取ります。ですから、まず愛を与えることが大切です。

しかし、「愛する」ことは、「愛するように努める」ことではありません。「愛さなければ」と思うとき、それはそうしようと思っているだけで、愛していることにはなりません。愛している「つもり」なだけです。それでは当然返ってくるものも、愛されている「つもり」ということになってしまいます。

超越瞑想は、神経系からストレスを取り払い、心を自然に拡大させていきます。そうすると、世界はもっと楽しく感じられるようになり、感謝の念や愛が育まれます。努力や試行錯誤は必要ありません。愛の質を育むその過程は、完全に自然なものであり、無理のないものです。愛することは人間にとって自然なことなのです。
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マハリシ・ヴェーダ科学は、宇宙に働く原理や、私たち自身の真我、私たち自身の意識についての知識を与えてくれます。そうした知識を学んでいくにつれて、宇宙全体が自分自身であること、自分自身の意識であることを発見します。「アハン ブラフマースミ――私は総てである。私は宇宙である」と気付くのです。

私たち人間は、そうした宇宙的な限りない潜在力を内に秘めていますが、それを十分には活用していません。能力の6%しか働かないコンピューターをもって仕事や学校に行くことを想像してみてください。それは6%しか働かないので、あまり多くのことを達成することはできません。ほとんどの人は、このようなことをしているのです。自分の脳生理の6%しか使っていません。自分の脳生理を100%使えるようになったらどうなるか、想像してみてください。これが高次意識の状態です。それは古くから「悟り」と呼ばれてきた状態です。

超越瞑想とTMシディプログラムの実習を通して、自分の所有する宇宙的なコンピューター、すなわち自分の脳を100%使えるようになります。そうなれば、自分のコンピューターのボタンを押すだけで、願望は一瞬で成就します。

マハリシの知識と技術は、誰もが自らの宇宙的なコンピューターを完全に扱うことができるようにします。宇宙に働く原理、創造の神秘のすべてを知り、悟りに到達することができます。宇宙的なコンピューターのボタンを押すことで、まるで魔法のように、皆さんの願望を一瞬で成就させることができるのです。
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ハーバード大学やデューク大学で「病気の原因とは何か」という研究が行われました。学生を対象にして40年間に渡り追跡調査を行ったものです。調査は半年に一回と一年に一回のペースでアンケートを行いました。その内容は、喫煙や運動量、食生活、結婚して子供が何人いるか、病院の通院、入院の回数などです。

さて、40年間の調査データをコンピュータで分析した結果、日常の習慣と病気との間の相関関係が明らかにされました。中でも二つの主要な要因が見つかりました。それは運動とか食生活でもなければタバコを吸うということでもありませんでした。

第一の要因は仕事の満足度です。どれだけ仕事に満足しているか、職場でどれだけ幸福であるかというものでした。第二の要因は、自己幸福度ということです。自分がどれだけ幸福であるかという自己評価です。この二つの要因が病気にかかる度合いに大きく関係しているということです。

ですから、これからの40年間に、病気にかかる可能性が高いかどうかを知りたいときには、この二つの質問を自分自身に問いかけてみてください。仕事に満足しているか、どれだけ幸福であるかと言うことです。(アーユルヴェーダシンポジウム、トニーネーダ博士の講演より)

                 ☆ ★ ☆

病は気からといいますが、満足のいく仕事をして、幸せを感じていれば病気にかかりにくいということです。超越瞑想の実践によって、仕事に対する満足度が増し、幸福感が高まりますから、病気になる可能性も低くなります。実際、アメリカで2000人の瞑想者の医療利用率を調べた研究によりますと、瞑想している人は、していない人と比べて、病気になる確率が50%以下であることが分かっています。ぜひ多くの人に瞑想を始めてもらい、より幸福になることで、病気にかかりにくい健康な体を維持していただきたいと思います。

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リーダーシップとは純粋意識のレベルから人々を励まし
その潜在力を引き出す能力です


 生命の最も基本的なレベルで、人々とのコミュニケーションを図ることができるリーダーが、最も優れたリーダーといえます。最も効果的なコミュニケーションとは、純粋意識(真我)のレベルから行うコミュニケーションです。

 リーダーが純粋意識のレベルから行動するとき、集合意識が高まって、組織全体が以前よりもずっと進化的で調和的になります。また部下一人一人の意識を開発し、集合意識の水準を上げることも大切です。それによって、共同作業は部下の能力を単純に足し合わせた以上の成果を生み出すことができます。

 古いリーダーたちは社会を組織し、前へ進めるために、攻撃的で全体主義的な方法をたびたび用いてきました。しかし、新しいリーダーに求められているものは全く異なった特質です。もっと愛情深く、物わかりがよく、親切で同情心に富み、人を励ます気持で満ちている人こそがリーダーであるべきです。

 そうすれば、これまでのように部下を一定の枠にはめ込んだり、無理やりある方向に進めようとする必要はなくなるでしょう。全体の意識が高くなれば、進化の力が進むべき方向を定めます。成就へと向って進化することはとても簡単で自然で満足を与えてくれるものです。

 リーダーはグループの相乗効果を引き出す必要があります。相乗効果という言葉は「全体は部分の集合以上のものである」ということです。リーダーは、人々を組織化することによって、一人一人がバラバラに働いている以上の達成を成し遂げます。

 感情の最も精妙なレベルから働きかけて、人を励ます方法を用いるなら、個人はかつてなかったほど力強いものになります。しかも、この強力になった個人が集まって共同作業をすれば、単に個人の力を足し合わせたよりもずっと大きな相乗効果が得られるのです。その相乗効果は文字通り無限となります。

 いま必要なことは、世界を変える力をもったリーダーのグループを形成することです。潜在力を開発すれば誰でもリーダーになれます。まず自分自身のリーダーとなります。自分の人生、個人生活のなかでリーダーシップをとる練習をするのです。

 瞑想をしていなかった頃を考えてみてください。私たちの生活には目的がありませんでした。しかし、瞑想を学ぶことによって、生命の最も深いレベルで自分自身を統合できるようになり、私たちは進化の道を歩み始めました。つまり全体を導き始めたのです。このように、瞑想をしている人は誰でもリーダーとなります。

 瞑想者のグループは、世界を導きます。瞑想者のグループの意識を高めることによって、他の人々に語りかけることもなしに世界意識を進化の方向へと導きます。(過去のユートピアの記事より)
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習ったその日から効果が現れる

 アイルランドに、150人の人に超越瞑想を紹介したビジネスマンがいます。そのビジネスマンの顧客に、ある家族がいました。そこのご主人は長い年月、病気でした。そこで、このビジネスマンが、「瞑想を実践してみませんか」と勧めてみました。すると奥さんは、「私の主人には、良い医者が必要なのです」と言ったそうです。三ヶ月たっても病気が続いていました。そこでまた、「超越瞑想を学ぶのも良いですよ」と勧めました。しかしまだ、話を聞きませんでした。

 三たび三ヶ月後に出かけると、ご主人の病状はもっと悪いものになっていました。そこでまた超越瞑想について話しました。すると、今度返ってきた答えは、「じゃ始めてみましょうか」というものでした。それから、TMを学んで数日後に、ご主人は回復してしまったのです。そしてまた奥さんも、体の調子を崩して、以前から離婚を考えていたのですが、TMを学ばれてから、状況は改善されました。

 このように、TM運動は口コミで広がってきました。なぜこのように、口コミがなされるかというと、習ったその日から効果が現れるからです。そして、時がたつにつれてその効果は累積されていきます。やがて、健康で、幸福で、調和のある生活を営むことができるようになるのです。良いということがわかったときには、ぜひそれを自分たちの友達にも紹介したいと思います。

 TMを友達に勧めるためにどのような努力をしたとしても、必ずその恩恵が、2倍にも3倍にもなって戻ってきます。マハリシの知識を受け取った人は、幸福が2倍にも3倍にも倍加されます。ですから、それが自分に戻ってくるときには、その幸福は何十倍にも膨れ上がるのです。

 それはちょうど、銀行の口座に貯金をしているようなものです。投資したものが戻ってくるときは、莫大なものになるわけです。貯蓄に利息がついていきます。それが長期にわたりますと、この利息自体が倍加していくわけです。皆さんは、幸福をお友達にあげるわけですが、それが大自然という銀行の中に貯蓄されているのです。人々がマハリシの知識を享受し楽しみますと、私たちに返ってくるものは、大変大きいものになります。

 ビジネスマンは長期的な展望をもっています。最初の一年は投資である、と考えます。そして、次の年に利益を得て、三年目、四年目にはもっと利益を上げます。自分自身の内側で確信が得られると、三年、四年と忍耐強く待つことができます。そうして収益を上げることになります。私たちのアプローチも、そのような忍耐強さが必要です。

 どの時代においても、非常に賢い人たち、知性あふれる人々が存在しています。どの社会においても、常に何か善をなしたいという、高い志をもった人々がいます。彼らは社会のために奉仕して、最高のことを成し遂げたいと考えています。しかし、集合意識の中に無知がはびこっているために、そのような善意があっても、実際にマハリシの知識を取り入れて、社会のために善をなすことができません。

 この無知の時代は、数千年にもわたって続いてきました。無知とは、疑うということです。すべてを疑います。友達や家族でさえも疑うわけです。それが、この無知の時代の特徴です。ですから、私たちは忍耐強くなければなりません。

 バガヴァッド・ギーターのなかで、クリシュナがアルジュナに語っている一つの詩節があります。「勝利を収めるのであれば、世界を制覇することができる。しかし、もし負けるのであれば、天国を楽しむことができる」

 私たちが行っているこの努力の中に、同じ事を見いだすことができます。私たちが成功を収めるのであれば、啓発の時代を構築することができます。しかし、何らかの形で失敗したとしても、それでも私たちは、この生命に関する真実を語ることによって、いつも何かを得ることができます。生命の科学について語ることによって、もっと理解を深めることができます。マハリシの知識を話すことによって、多くのものを得ることができます。

 もし、仮に私たちがこの時代の流れをなかなか変えることができないとしても、少なくとも、私たち自身の時の流れを変えることができます。私たちは何も失わないのです。いずれにせよ、私たちはもっと多くを楽しむことができるのです。

 マハリシの知識を友達に伝えるとき、失う物は何もありません。すべての人に対して、マハリシの知識を伝えることができれば、完全に時の流れを変えることができるでしょう。(マハリシの秘書ナンキショー博士の講演より)
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 古いことわざに、「蒔いた種はかり取らねばならない」とあります。あらゆる想念や行動の生み出す影響は、宇宙全体に広がって行って、最終的にはまた出発点に戻ってきます。このように私たちの過去の想念や行動によって生み出された肯定的及び否定的な影響は、将来のいつの日か、また私たちのところへ戻ってきます。つまり、過去の行動が現在の状況の原因となっているということです。

 では、自由意思はどうなるのでしょうか。マハリシはこのことを説明するのに、次のような話をしています。「ロサンジェルス空港にいる人は、どの飛行機に乗るかについて完全な自由意思をもっています。しかし、その人がシカゴ行きの飛行機に乗れば、その人はシカゴに行くことになります。」

 これと同じように、私たちがある行動をとれば、私たちは当然その結果を経験します。私たちは人生のあらゆる瞬間において、自由意思を働かせてさまざまな選択をしています。また、それと同時に、私たちが過去においてなした選択の結果にも直面しています。つまり、100パーセントの自由意思と、100パーセントの決定論がともにあるということです。

 超越瞑想によって、私たちの自由意思は、純粋意識の中にある進化の源に自動的に調和するようになり、その結果、私たちは、もっとも進化的な選択をすることができるようになります。何度も超越することを繰り返していくと、脳の生理が次第に秩序的になってきて、よりいっそう秩序正しく考えることができるようになるからです。

 マハリシ・ヴェーダ占星学の教師たちの報告によると、瞑想者たちは、誕生チャートから予測される困難な時期を、瞑想していない人たちよりもずっと楽に乗り切っている場合が多いといいます。また、過去からの悪影響をやわらげるという瞑想の効果は、TMシディプログラムを実践している人たちや、大人数のグループ実習を行なっている町に住む人たちの場合さらに大きいといいます。(マハリシ・ヴェーダ占星学の記事より)
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 現代はどんどん生活のテンポが早くなってきています。学生は、どんどん増大していく情報・知識を吸収していかなければなりませんし、ビジネスマンは複雑な力関係の中で、常にプレッシャーを受けながら、有能に仕事をこなしていかなければなりません。

 こういった現代生活のテンポについていけない人は、当然ストレスをため込むことになってしまい、そのストレスが、さらなる成長や進歩を妨げます。ですから、ストレスを増大させないように工夫することがとても必要となります。

 考えられる手だてとしてまず出てくるのは、活動量を減らすということです。社会学者の中には、ストレスが社会に蔓延するのを防ぐために進歩のペースを落し、活動量を減らしてはどうかと提言する人もいるくらいです。

 しかし、これでは生命そのものの本質に背いてしまいます。生命の本質とは、絶えず大きな達成へと向い進歩し成長していくことです。もし、もっと進歩したいという欲求を満たすことができないのであれば、不満や不安を助長してしまうことにもなるでしょう。活動量を減らすということが、逆にストレスを増大させてしまうことになりかねません。

 それは、愛馬を気遣う農夫のようなものです。もし、馬が荷物を運べなくてストレスを感じるのであれば、農夫はそこで重大な選択をしなければなりません。荷を軽くしてやるか、馬を強くするかです。しかし、荷を軽くするのでは、馬を飼っている価値そのものがなくなってしまいます。そこで、農夫は頭を働かせて、馬を強くすることを考えます。

 馬が強くさえなれば、それですべてがうまくいくのです。ストレスからも解放されますし、荷は首尾よく目的地まで運ばれていきます。

 つまりここで、もう一つの方法を考えることができます。それは、進歩を促し、同時に無用なストレスを自然に取り除いていくために、個人の能力を増大させるということです。超越瞑想は、人間に潜んでいる、エネルギーや創造性や知性をすべて掘り起こして、もっと人間を強くします。そうすれば、さほど苦労することなく、欲求を満たすことができるようになります。進歩に必要なのは、そのたびごとに躍進していけるような日々の創造性です。(やさしいSCIより)

nade-ic1.gif 行動において成功を収める上で環境は非常に大切な要素です。けれども、それ以上に私たちの心のあり方が重要であるといえます。

 暗い陰うつな雰囲気の家にたまたま招待されたとします。心が喜びや平安の中に浸っているときには、内側からそのような質が放射され、暗い雰囲気に注意を向けて惨めな気持になることはありません。しかし、逆に悲しかったり、緊張しているときには、陰うつな家の中ではますますやりきれなくなり、悲痛感が強くなってきます。

 環境も大切ではありますが、すべての出来事を喜びにするか惨めにするかを決定するのは心の内側、意識自体なのです。緑の眼鏡をかけているときには、すべてが緑に見えますし、赤い眼鏡をかけているときには、すべてが赤く見えるものです。

 安定した強い心は環境に左右されることは決してありません。周りの雰囲気がその人に及ぼす影響は、まさに、その人自身の心の状況、心境によって決まるものです。また、その人の心の状態が、周りの雰囲気の質を変えるということもあります。

 もし、周りの人々の助言や環境が、役立つものであれば、喜んで受け入れ、そこから良い結果を引き出すことが大切です。逆に、否定的でまったく役立たないものであれば、注意を向けないこと。なぜなら、考えたり、気にとめたりするだけで、心に否定的な影響を投げかけてしまうからです。(悟りの経営より)